光デバイス/半導体レーザ

31.量子井戸レーザ

 前項で説明したように分離閉じ込めヘテロ(SCH)構造はキャリアを薄い活性層に閉じ込め、光はその外側の光導波層に閉じ込めるという役割分担によってしきい電流を低くすることが可能です。

 では活性層をどんどん薄くしていくとどうなるでしょうか。活性層に閉じ込められる電子が波動の性質ももっていることは量子力学によって明らかにされており、その波長(ド・ブロイ波長と呼びます)は例えばGaAs中ではだいたい30nm程度です。活性層の厚さがこの30nmより薄くなると、電子は波動としての性質をあらわしてきていろいろ特殊な現象が生じます。

 このような電子の波長程度の幅のエネルギーの凹みのことを量子井戸(Quantum well)と呼びます。都会では見かけなくなりましたが、井戸(well)のような狭く深い穴に電子が落ちることから名付けられたと思われます。

 上記のような活性層は光導波層に囲まれた量子井戸ですから、このような半導体レーザを量子井戸レーザと呼んでいます。

 量子井戸のもっとも大きな特徴はそのなかに閉じ込められた電子が跳び跳びのエネルギーを持つことです。電子の波長よりずっと広い結晶のなかにいる電子は価電子帯と伝導帯というギャップはありますが、伝導帯内ではその名の通り帯状のほとんど連続的なエネルギーを持つことができます。これに対して量子井戸内では伝導帯が不連続な準位(サブバンドと言います)に分かれています。量子力学による基本的な説明は「半導体デバイスの物理」20項を参照してください。

 図31-1はAlGaAs層の間にGaAsの量子井戸がある場合のエネルギー図です(1)。伝導帯はE、E、Eと跳び跳びのエネルギーのサブバンドに分かれています。価電子帯の正孔のエネルギーも同様に跳び跳びになります。

 発光はだいたいの場合、伝導帯の一番下のサブバンドの電子と価電子帯の一番上のサブバンドの正孔が結合して起きます(図31-1で1番の矢印)。このサブバンドのエネルギーは量子井戸の幅(厚み)で変化しますので、発光波長もある程度変化させることができます。

 量子井戸レーザの最大の特徴はレーザ発振のしきい電流密度が小さいことです。量子井戸でない活性層をもつレーザの数分の一に下がります。これがなぜかについては説明が難しいのですが、直感的にはつぎのようなことが言えます。

 量子井戸ではエネルギー準位が跳び跳びになっていますが、発光は主にもっともエネルギー差の小さいサブバンド間で起きます。このサブバンドに入れる電子の数は普通の伝導帯に比べると少ないので、少ない電流ですぐいっぱいになり、誘導放出が起きやすい状態になると考えられます。このためしきい電流密度が非常に小さいレーザができることになります。

 SCH構造では量子井戸がひとつだけの場合もありますが、複数の量子井戸を重ねることもできます。複数の量子井戸層の間に薄い障壁層を挟み多重にした量子井戸を多重量子井戸(Multi quantum well)と言います。この多重量子井戸を使った半導体レーザを略してMQWレーザなどと言うこともあります。図31-2はその一例で、活性層が多重量子井戸になっています。

 この例はSCH構造ではなく、活性層の両側はクラッド層になっています。同図右側は具体的な積層構造の例を、横軸をAl組成として示した図です。(a)は量子井戸層がGaAs、障壁層はAl0.3Ga0.7Asでクラッド層も障壁層と同じ組成のAlGaAsとしています。(b)はクラッド層をAl0.4Ga0.6Asとして障壁層よりバンドギャップエネルギーを大きくして活性層へのキャリアの閉じ込めを良くしています。屈折率の大小関係も大体この図と同じになります。井戸の一番外側にも障壁層を設けていますが、これは無しですぐにクラッド層としても特性はほとんど変わりません。さらに前項で説明したキャリアブロック層を設けることも可能です。

 多重量子井戸の場合は活性層全体の厚みがある程度とれますから、このように単純にクラッド層を設けるだけでもよいですが、SCH構造にする場合もあります。このような積層構造は必要とされる特性に適したものができるように適宜設計されます。

 量子井戸を多重にすることで一つの素子内で発光する層が増えることになりますから発光強度の強いレーザが実現できます。

(1)特開昭59-104191号

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