光デバイス/半導体レーザ
30.キャリアの閉じ込め
これまでにも説明してきたように、半導体レーザでは活性層のなかに電子と正孔が注入され、それが結合してまずは自然放出による発光を起こします。そのときまだ十分に電子と正孔が残っていれば誘導放出が起きます。この誘導放出が優勢になる最低限の電子と正孔を供給できる電流がしきい電流です。
この電流が大きいか小さいかは電流が流れ込む面の面積によって変わりますから、単位面積当たりの電流(電流密度といいます)で比較する必要があります。つまりレーザ発振が始まる電流の大小を論ずるには電流密度で比較する必要があります。
一方、誘導放出を起こすのに必要になるキャリア(電子と正孔)の単位体積当たりの数が一定であるとすれば、その必要な数のキャリアが電流によって活性層に供給され続ければ、レーザ発振が継続します。その際、単位面積当たりに流す必要のある電流は活性層の体積が小さいほど少なくなるはずで、単位面積で考えるならば、厚みが薄いほど少なくてよいはずです。
図30-1はしきい電流密度と活性層の厚さの関係の一例を示す図です(1)。活性層の厚みが減少するにしたがってしきい電流密度は減少していることがわかります。しかし活性層の厚みが0.1μm前後より小さくなると、しきい電流密度は逆に上昇に転じています。
この原因は何かというと光の閉じ込めの問題です。光増幅のためには発生した光がつぎの誘導放出の引き金にならなければいけません。そのためには発生した光がどんどん放散してしまってはだめで、光を活性層のなかに閉じ込めておかなければなりません。ところが活性層の厚みが薄すぎると、光導波路の性質から光を閉じ込められなくなります。つまり単に活性層の厚みを減らすだけでしきい電流密度を減らすのは限界があります。
この問題を解決するために、薄い活性層を使い、かつ光も閉じ込められる構造が考え出されました。それが図30-2のような構造です。光導波路が2段構えになっています。活性層とクラッド層の間に両者の中間の屈折率をもち、ある程度厚みをもった光ガイド層(または光導波層)と呼ばれる層を入れてあります。これによって活性層で発生した光は活性層が薄くて自身には閉じ込められないとしても、この光ガイド層のなかには閉じ込められます。このため非常に薄い活性層によって極めて小さいしきい電流密度が得られます。
この構造のことを分離閉じ込めヘテロ構造あるいはSCH(Separate Confinement Heterostructure)構造と呼びます。薄い活性層により低しきい値を実現し、光ガイド層により光を閉じ込めるという役割分担をした構造です。最近の半導体レーザでは非常に薄い活性層と光ガイド層を組み合わせて低しきい電流を実現したものが主流になっているように思います。
さてこのような構造の半導体レーザで大きな光出力を得るためには電流を増やさなければなりません。しかしいくらでも光出力を大きくできるわけではなく、電流を増加しても光出力が飽和傾向になったり、場合によってはかえって減少し始めることもあります。
この原因の一つは大きな電流によって供給されるキャリアが活性層ですべて再結合する前にクラッド層へ溢れ出てしまい光でなく熱になってしまうことによります。ガイド層とクラッド層の界面はキャリアに対して障壁としてはたらくのですが、電流が大きくなるとそのはたらきが十分でなくなってしまうのです。
この問題を解決するために、図30-3に示すようにクラッド層のガイド層側によりバンドギャップエネルギーの大きい層を挿入する方法が採られます(2)。この層はキャリアブロック層とかオーバーフロー防止層などと呼ばれます。活性層、クラッド層がGaAsやAlGaAsである場合は、AlGaInPがこれらよりバンドギャップエネルギーが大きく、かつGaAsに格子整合できる材料として使用できます。
(1)特開昭59-104189号
(2)特開2003-017813号
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