産業/標準化

16.JISの実例(9)-アクセシブルデザイン-

 JISの例の最後に少し変わった例ではありますが、最近重視されている規格を取り上げておきます。それは「アクセシブルデザイン」と呼ばれる規格群です。アクセシブルとはアクセスしやすい、平たい日本語で言えば「とっつきやすい」という意味ですが、規格では「多様なユーザーに焦点をあてた設計」という定義がなされています。多様なユーザーとは広い年齢幅の人、障害のある人などを含み、これらすべての人が使用できる物やサービスの設計方法を標準化したものがこの規格群です。

 これらの規格のベースになっているのが、JIS Z 8071:2017「規格におけるアクセシビリティ配慮のための指針」です。序文によると、この規格はISO/IEC Guide 71:2014の翻訳です。ISO/IECのガイドというのは規格ではなく、横断的な問題を扱う技術諮問委員会が発行している文書です。日本ではこれを翻訳してJISとして制定しています。

 このJISは8箇条と3つの附属書からなっています。このうちこの規格が示す指針は最後の[8.ユーザアクセシビリティニーズ及び設計配慮点を考慮するための方策]にまとめられています。この方策は[6.アクセシビリティ到達目標]と[7.人間の能力及び特性]によって決まるものであることが<5.2 規格においてアクセシビリティに配慮するための二つのアプローチ>のところで説明されています。

 [6.アクセシビリティ到達目標]の<6.2 目標>としては11項目が挙げられています。列挙すると、1.より多くのユーザーへの適応性、2.ユーザーの予測との一致、3.個々のニーズへの対応(選択可能)、4.アプローチしやすさ(直接か遠隔か等)、5.近くしやすさ、6.理解しやすさ、7.操作しやすさ、8.ユーザビリティ(最小限の負担)、9.エラーの許容性、10.公平な利用、11.他のシステムとの互換性(支援機器など)となっています(カッコ書きは筆者の付記です。以下も同じ)。

 この11項目の6.2.○.5に「考慮する課題」という項目がありますが、[附属書C(参考)アクセシビリティ到達目標に到達するために考慮する課題]には「・・考慮する課題のチェックリスト」と題した表が掲載されています。この表は左の欄に「質問」として6.2.○.5の小項目a)、b)、・・・に記された計40項目が列挙され、真ん中が「回答」欄、右の欄が「作成規格の箇条/細分箇条」となっていて、これを埋めることによって規格を作成する助けになるような配慮がなされています。

 [7.人間の能力及び特性]には、1.感覚能力、2.免疫系(アレルギーなど)、3.身体の能力(身体の大きさ、筋力など)、4.認知能力、が挙げられています。

 そして[8.方策]の中で、全体のまとめとも言える<8.2 ユーザーアクセシビリティニーズ及び設計配慮点に基づく要求次項及び推奨事項の作成>に次の8項目が挙げられています。

1.情報表示及びユーザーとのやりとりの複数の方法の提供 2.より多くのユーザーに適用するための固定変数の設定 3.より多くのユーザーに適用するための調整可能な変数の設定 4.不必要な複雑さを最小限とする 5.システムにアクセスするための個々のニーズへの対応 6.システムとやりとりする場合の不必要な制限又は制約の排除 7.福祉機器及び支援機器との互換性の提供 8.システムの代替版の提供

 以上の指針だけみてもこの規格がどういうものかわかりにくいと思いますので、以下に具体的なJISの例を挙げます。まずJIS S(日用品)に10を越える規格が制定されています。いずれも若い番号の0010番台から0030番台に集められていますが、多くは「高齢者・障害者配慮設計指針」という共通のタイトルの下に具体的対象が記されています。具体的対象としては「消費生活製品の操作性」、「消費生活製品の報知音」といった一般的なものから、包装・容器、衣料品、住宅設備機器、視覚表示物などに対する規格があります。

 例えば、JIS S 0021-1:2020はISO 11156:2011の翻訳で、「包装-アクセシブルデザイン-第1部:一般要求事項」と題されています。5箇条と3つの附属書からなる簡潔な規格ですが、[1.適用範囲]に「この規格は、感覚機能、身体機能及び認知機能の低下している人々、アレルギーがある人々、高齢者並びに異文化・他言語圏の人々を含むより多くの人々にとって、包装された製品の内容物を適切に識別し、取り扱い及び使用できるように、包装の設計及び評価を行うために役立つ一般要求事項を規定する。」と目的を記し、また「この規格は、製品の識別並びに購入、及び使用から包装の分別及び廃棄まで、包装された製品のライフサイクルにおける様々な状況に配慮している。」としています。

 規格の内容としては[4.アクセシブルデザイン包装の主な要求事項]に情報及び表示、取り扱い及び操作、評価が記されていますが、附属書Cにアクセシブルデザイン包装事例として図示をしながら身近で見覚えのある9種類の例が示されています。

 わかりやすいので身の回りにある例をいくつか画像で示します。まず<C1 内容物を識別しやすくした例>。写真Aは紙パック上部に切欠きを設けた例で、切欠き1つなら牛乳、2つならジュース類を示します。写真Bは写真がわかりにくいですが、矢印のところに凹凸を縦一列に設け、これによって内容物がシャンプーであることを示します。右側のリンスの容器にはそれがなく、目をつぶったまま触覚で判断できるという例です。

 写真Cは<C3 持ちやすくした例>です。ペットボトルにくびれまたはくぼみを設けてここに指がかかりやすくしたものです。

 写真Dは<C4 開けやすく、または再封しやすくした例>です。缶詰に開封用リングを設け、缶切りなどの道具を用いることなく開けることができるようにしたものです。

 写真Eは<C6 分別しやすく、又は廃棄しやすくした例>です。ペットボトルのラベルにマークを付け、ラベルを剥がす位置を示した例です。上部に写っているフタに凹凸を設けてあるのはC4の開けやすくした例でもあります。

 以上、日用品の包装、容器における実例を示しました。この他の分野では、情報処理XにはJIS X 8341「高齢者・障害者等配慮設計指針-情報通信における機器,ソフトウェア及びサービス」が制定され、そのもとに1~7部が設けられています。第1部は「共通指針」、第2部は「パーソナルコンピュータ」、第3部は「ウェブコンテンツ」、第4部は「電気通信機器」、第5部は「事務機器」、第6部は「対話ソフトウェア」、第7部は「アクセシビリティ設定」となっています。ちなみに"8341"という番号は「やさしい」の語呂合わせと言われています。

 この他、Tの医療安全用具にもJIS T 0921、0922があり、これは点字に関する規格です。

 このアクセシブルデザインに関する規格は日本でかなり標準化が進んでいるので、これ以外にも規格があるかもしれませんが、ここでは代表的な例を示しました。