科学・基礎/半導体物理学

34.導体と絶縁体

 前項で紹介した孤立した原子からの近似によるバンド理論の考え方の利点は、個々の具体的な原子の電子配置から、その原子が作る結晶の電子的性質が推測できることにあります。

 ここではまずナトリウム(Na)の結晶について考えます。Na 原子の電子配置については前項で紹介した通り    \[\mathrm{Na}:\left ( 1s \right )^{2}\left ( 2s \right )^{2}\left ( 2p \right )^{6}\left ( 3s \right )^{1}\] です。最外殻電子は 3s 軌道の 1 個です。この Na 原子の原子核が近づいて並び結晶を作ると前項で説明したように 2 つの原子核間のポテンシャルエネルギーが低下します。

 一方、結晶が \(N\) 個の原子から構成されているとすると、各軌道の電子のエネルギーはそれぞれ \(N\) 個のエネルギー準位に分離しエネルギー帯を作ります。3s 状態には 2 個の電子が入れますから、エネルギー準位の数は \(2N\) 個になります。Na 原子の 3s 電子は 1 個だけですからエネルギー準位の半分は入る電子がなく空いた状態になります。

 この 3s 電子のエネルギー帯は図34-1のようにポテンシャルエネルギーの山の頂上より大きく、そのため 3s 電子は原子核の束縛から逃れて結晶内を自由に動けるようになります。このため Na 結晶は電界をかけると電流が流れ、導体であることになります。Na は化学的には非常に反応性が高く、水と爆発的に反応することが知られています。このため実際には Cu や Al のように導体材料として使われることはありません。

 つぎに NaCl 結晶について考えてみます。Cl 原子の電子配置は    \[\mathrm{Cl}:\left ( 1s \right )^{2}\left ( 2s \right )^{2}\left ( 2p \right )^{6}\left ( 3s \right )^{2}\left ( 3p \right )^{5}\] となっています。3p 軌道には 6 個の電子が入れますから、1 個分空いていることになります。一方、Na は 3s 軌道に1個だけ電子があります。この 3s 電子が Cl の 3p 軌道に入ると、Na は 2p 軌道、Cl は 3p 軌道がともにちょうど 6 個の電子で満たされた状態になります。

 このようにすべての電子状態が埋まってしまうと、結晶のなかを自由に動ける電子はなくなり、その物質は絶縁体になります。したがって NaCl は絶縁体となることがわかります。

 つぎに炭素(C)とケイ素(シリコン、Si)を考えます。C 原子とSi 原子の電子配置は    \[\begin {align} \mathrm{C} &:\left ( 1s \right )^{2}\left ( 2s \right )^{2}\left ( 2p \right )^{2} \\ \mathrm{Si} &:\left ( 1s \right )^{2}\left ( 2s \right )^{2}\left ( 2p \right )^{6}\left ( 3s \right )^{2}\left ( 3p \right )^{2}\end{align}\] です。C では 2s と 2p、Si では 3s と 3p に各 2 個の電子があります。

 Na と同じように考えれば、2p または 3p 軌道には 6 個の電子が入れるので空きがあり、C 結晶(ダイヤモンド)や Si 結晶は導体になると推測されます。しかし実際には C も Si も金属のような性質はもっていませんので、この説明は成り立ちません。

 C や Si は外殻の s と p 軌道に各 2 個、計 4 個の電子をもっています。C や Si では原子が近づくと外殻の s と p 軌道のエネルギーはそれぞれエネルギー帯を作りますが、結晶を作るほど原子が接近すると s と p のバンドは交叉して新しい 2 つのバンドを作ります。図34-2はこの様子をごく模式的に示しています。

 この新たな 2 つのバンドはそれぞれ 4 個ずつ電子を収容でき、s と p の計 4 個の電子はエネルギーの低い片側のバンドをちょうど満たすことになります。このため C や Si の結晶は絶縁体になります。

 ただし上側のバンドは完全に空いていて、しかも上下のバンドのエネルギー差が小さいので、熱などのエネルギーが少し加わるだけで下のバンドの電子が励起されて動けるようになります。これが C や Si が半導体である理由です。絶縁体と半導体はエネルギー帯からみれば本質的な違いはありません。

 最初に、原子からの近似による結晶のエネルギー帯構造の考え方によれば個々の具体的な原子が作る結晶についてその性質が推測できると書きましたが、実際には上記のようにいろいろな原子が作る結晶はそれぞれ特殊な事情があってそれほど単純ではありません。しかし原子が結晶を作ったとき電子のエネルギーがどうなるかについて基本的な考え方としては有効と思われ、ようやく2項の「半導体とは何か」という問への回答に到達したと言えます。