科学・基礎/半導体物理学
34.伝導電子の数

 半導体デバイスを理解する上で重要な数値は、半導体中を流れる電流を決める電子、正孔の数(正確には密度または濃度)でしょう。この数は理論的に決めることができます。その基礎になっているのがウィルソン・モデル(模型)ですが、測定結果とよく合うので、現在でも使われています。あまりに確立した理論になってしまったので、「ウィルソン・モデル」という言葉自体が忘れられつつあるようで、新しい本では見かけなくなっていますが、1931年にイギリスの物理学者A.H.Wilsonによって提唱された理論です(1),(2)

 ウィルソン・モデルは前項まで説明したバンド理論に基づいて半導体を扱うものです。半導体のエネルギーバンドは基本的に絶縁体のそれと同じです。価電子帯は電子で満たされていて、伝導帯は空いています。ただし半導体では価電子帯と伝導帯の間のエネルギー差(エネルギーギャップ)が小さく、比較的小さなエネルギーを加えるだけで伝導帯に電子が励起され、これによって電気伝導が生じます。

 例えば室温程度の熱エネルギーで伝導帯に電子が励起できれば、室温で電気伝導が生じますから絶縁体というイメージではなくなります。かといって伝導帯につねに電子がいる導体でもないので、これを半導体と呼ぶわけです。

 このような半導体では、物質が決まればある温度でどのくらいの数の電子が伝導帯にいるかを決めることができます。これを決める要素は2つです。

伝導帯の状態密度

 前項で説明したように結晶を構成している原子の外殻電子の軌道うち、詰まっていない軌道に電子が入るとこれが伝導電子になります。しかし各軌道に入れる電子の数は決まっています。伝導帯は外殻電子の入る軌道のエネルギーが原子数だけ分裂してできたものですから、伝導帯に入れる電子数は無限ではなく、限度があります。

 これは伝導帯という状態の数ですから、状態密度といいます。これが第一の要素です。上記のようにこれは結晶を構成している原子が決まれば、すなわち物質が決まれば状態密度は計算できます。

エネルギー分布

 一方、非常に高いエネルギーのバンドは空いているからといって、そこまで跳び上がれる電子がなければ、伝導電子は生まれません。つまりその物質は絶縁体ということになります。ここが半導体と絶縁体の境目です。そこである温度で電子がもつエネルギーを決めなければなりません。

 1個の電子のエネルギーはシュレディンガー方程式を解いて求めるのですが、指先に載る程の小さな結晶でも、そのなかには膨大な数の原子があり、電子はさらにそれよりもたくさんありますから、1個1個の電子のエネルギーを求めるのは到底不可能です。

 しかし1つの結晶内を動く多数の電子がすべて同じエネルギーをもっているわけではありません。こういう場合には統計的な方法を使います。つまり全電子のエネルギーの平均値はどのくらいであるかとか、どのような範囲に分布しているかとかを計算するのが統計的方法です。とくにここで重要なのはエネルギー分布で、これが第二の要素です。

 空いた状態に相当するエネルギーをもった電子がエネルギー分布からみてある数、存在しそうなら、それが伝導電子になる数ということになります。したがって第一の要素と第二の要素をかけあわせた

 伝導電子の数=伝導帯の状態密度×エネルギー分布

という式から伝導電子の数が計算できることになります。次項以降で数式を使った説明をします。

(1)A.H.Wilson, "Thory of Electronic Semi-conductor I", Proc, Royal Soc. London, Vol.133,p.458-491 (1931)

(2)A.H.Wilson, "Thory of Electronic Semi-conductor II", Proc, Royal Soc. London, Vol.134,p.277-287 (1931)

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