科学・基礎/半導体物理学
21.自由電子モデル前項で紹介した一電子近似に基づくシュレディンガー方程式 \[-\frac{\hbar^{2}}{2m}\Delta _{\mathbf{r}}\varphi _{i}\left ( \mathbf{r} \right ) + V\left ( \mathbf{r}\right )\varphi _{i}\left ( \mathbf{r} \right )= \varepsilon _{i}\varphi_{i} \left ( \mathbf{r}\right )\tag{1}\] の解はどんなものか、簡単なモデルで検討します。
もっとも簡単なモデルはポテンシャルエネルギー \(V(r)\) が一定、 \[V\left ( \mathbf{r} \right )= V_{0}\tag{2}\] であると仮定したモデルです。この場合、電子は何の力も受けませんから、これを自由電子モデルと呼んでいます。
シュレディンガー方程式は(1)式に(2)式を入れたもの \[-\frac{\hbar^{2}}{2m}\Delta \varphi + V_{0}\varphi = \varepsilon \varphi\] になりますが、エネルギーの基準を \(V_{0}\) にとっても解は変わらないので、 \[-\frac{\hbar^{2}}{2m}\left ( \frac{\partial^2 }{\partial x^2} + \frac{\partial^2 }{\partial y^2} + \frac{\partial^2 }{\partial z^2}\right )\varphi = \varepsilon \varphi\tag{3}\] となります。この方程式を満たす波動関数は \(x, y, z\) の座標について分離した関数の積の形 \[\varphi \left ( \mathbf{r} \right )= X\left ( x\right )Y\left ( y\right )Z\left ( z\right )\] で表されるものが必ずあります。この場合、(3)式は \[\begin{align}-\frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{\partial^2 X}{\partial x^2} &= \varepsilon _{x}X\tag{4x} \\ -\frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{\partial^2 Y}{\partial y^2} &= \varepsilon _{y}Y\tag{4y} \\ -\frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{\partial^2 Z}{\partial z^2} &= \varepsilon _{z}Z\tag{4z}\end{align} \] という3つの同じ形の方程式に分離されます。ただし \[\varepsilon = \varepsilon _{x} + \varepsilon _{y} + \varepsilon _{z}\]
\(x\) についての方程式(4x)の解(方程式を満たす波動関数)は \[\begin{align}X\left ( x\right ) &= C_{x}\mathrm{e}^{ik_{x}x}\tag{5-1} \\ X\left ( x\right ) &= C_{x}{}'\mathrm{e}^{-ik_{x}x}\tag{5-2}\end{align}\] という2つの関数形があります。ただし \[\varepsilon _{x}= \frac{\hbar^{2}}{2m}k_{x}^{2}\]
この関数を(4x)式に入れてみると、どちらも係数 \(C_{x}\) によらずに解になっていることがわかると思います。またこの2つの関数の和(重ね合わせ)も解になります。
\(Y(y)\)、\(Z(z)\) も同様になりますから、3次元の波動関数 \(\varphi \left ( \mathbf{r}\right )\) は、(5-1)式に対応する場合、つぎのようになります。 \[\varphi \left ( \mathbf{r}\right )= C\mathrm{e}^{i\left ( k_{x} + k_{y} + k_{z}\right )}= C\mathrm{e}^{i\left ( \mathrm{k}\cdot \mathbf{r} \right )}\] ただし \[\varepsilon = \frac{\hbar^{2}}{2m}\mathbf{k}^{2}\]
この2つの係数は境界条件によって決まります。境界条件というのはどこか特定の位置 \(x\) での \(X(x)\) の値がいくつであるという、対象としている系の性質による条件のことです。
この方程式(4x)の解として(5-1)式と(5-2)式を重ね合わせた形を書くと \[X\left ( x \right )= C_{x}\mathrm{e}^{ik_{x}x} + C_{x}{}'\mathrm{e}^{-ik_{x}x}\tag{6}\] となります。ただし \[\varepsilon _{x}= \frac{\hbar^{2}}{2m}k_{x}^{2}\]
この係数 \(C_{x}\) と \(C_{x}{}'\) は特定の位置 \(x\) での \(X(x)\) の値がわかっていれば決めることができます。この条件が境界条件です。
まず第1の場合ですが、結晶の端で波動関数が 0 になるという条件が考えられます。図21-1のように結晶を一辺の長さ \(L\) の立方体とし、立方体の1頂点を座標の原点にとり、3辺に沿って座標軸をとります。このとき上記条件を式で書けば \[X\left ( 0 \right )= X\left ( L \right )= 0\tag{7}\]
(7)式の条件を(6)式に入れると \[\begin{alignat}{2} &C_{x} + C_{x}{}' &= 0\tag{8} \\ &C_{x}\mathrm{e}^{ik_{x}L} + C_{x}{}'\mathrm{e}^{-ik_{x}L} &= 0\tag{9}\end{alignat}\] が得られます。(8)式を(9)式に用いて、オイラーの公式を用いると \[2iC_{x}\sin\left ( k_{x}L \right )= 0\] となります。\(\sin\left ( x \right )\) が 0 になるのは \[\begin{align} k_{x} &= \frac{g_{x}\pi }{L} \\ g_{x} &= 1,2,\cdots \end{align}\] ですから、波動関数は \[X\left ( x \right )= 2iC_{x}\sin\left ( \frac{g_{x}\pi }{L}x \right )\tag{10}\] となります。
ここで、これまで触れませんでしたが、重要な条件がまだあります。それは波動関数 \(\varphi\) とその共役関数 \(\varphi^{*}\) の積 \[\varphi \varphi ^{*}= \left | \varphi \right |^{2}\] は電子の存在確率を表すと解釈されているということです。これを全空間で積分すると 対象としている電子はすべてその空間内に存在しているわけですから、 \[\int \varphi \varphi ^{*}= 1\] となります。この条件は波動関数の規格化条件と呼ばれています。上式の波動関数 \(X\) についての規格化条件は \[\int_{0}^{L}XX^{*}dx= 1\] です。(10)式の波動関数を代入すると \[4C_{x}^{2}\int_{0}^{L}\sin^{2}\left ( \frac{g_{x}\pi }{L} x\right )dx= 1\tag{11}\] となりますが、この三角関数の積分は高校数学の範囲です。
この積分を計算するための普通の方法は倍角の公式 \[\cos 2\theta = 1-2\sin^{2}\theta\] を使います。(11)式左辺は次のように計算できます。 \[\begin{align} 4C_{x}^{2}\int_{0}^{L}\sin^{2}\left ( \frac{g_{x}\pi }{L}x \right )dx &= 2C_{x}^{2}\int_{0}^{L}\left ( 1-\cos\left ( \frac{2g_{x}\pi }{L} x\right ) \right )dx \\ &= 2C_{x}^{2}\left ( \left [ x\right ]_{0} ^{L}-\left [ \frac{L}{2g_{x}\pi }\sin \left ( \frac{2g_{x}\pi }{L}\right )\right ]_{0}^{L} \right ) \\ &= 2C_{x}^{2}L\end{align}\]
これが 1 に等しいわけですから、 \[C_{x}= \sqrt{\frac{1}{2L}}\] となります。これより規格化した波動関数は(10)式より \[X\left ( x \right )= \sqrt{\frac{2}{L}}\sin\left ( \frac{g_{x}\pi }{L}x \right )\tag{12}\] となります。ただし \(g_{x}=1,2,\cdots\) です。固有エネルギーの \(x\) 成分は \[\varepsilon _{x}= \frac{\hbar^{2}}{2m}\left ( \frac{\pi }{L} \right )^{2}g_{x}^{2}\] 3次元の全エネルギーは \[\varepsilon = \frac{\hbar^{2}}{2m}\left ( \frac{\pi }{L} \right )^{2}\left ( g_{x}^{2} + g_{y}^{2} + g_{z}^{2} \right )\tag{13}\] となります。\(g_{y}\) も \(g_{z}\) も自然数です。
この結果よりエネルギーはとびとびの値しかとれないことになります。
これは古典力学では定在波のイメージです。詳しくは書きませんが、両端を留めた弦の振動は(12)式と同じような形で表され、弦の長さの整数分の 1 の振動しかできません。図21-2はそのイメージを描いた図です。バイオリンやギターの弦をある位置で押さえると決まった音しか出ないのはこのためです。
意味はまったくちがうのですが、結晶の端部で波動関数が 0 になる境界条件での解の形は式の上では定在波と同じようになります。この境界条件は量子井戸内に閉じ込められた電子の波動関数の計算のときに登場します。これはいずれどこかでもう一度触れることがあると思います。
ここまで、結晶の端で波動関数が 0 になるという境界条件のもとでの、自由電子モデルのシュレーディンガー方程式の解を紹介しましたが、つぎにこれとは違うもう一つの境界条件を考えます。
結晶は原子が規則的に並んでいることから、波動関数も周期的であると考えるのは自然でしょう。これを境界条件として式で表すと、 \[X\left ( x + L \right )= X\left ( x \right )\tag{14}\] となります。\(L\) はこれまでとは意味が異なり、波動関数の周期です。y方向、z方向も同様となります。この条件を巡回境界条件と呼ぶことがあります。
これを(4x)式の解の一つである次式に入れて変形してみます。 \[\begin{align} X\left ( x \right ) &= C_{x}\mathrm{e}^{ik_{x}x}\tag{15} \\ X\left (x + L \right ) &= C_{x}\mathrm{e}^{ik_{x}\left (x + L \right )} \\ &= X\left ( x \right )\mathrm{e}^{ik_{x}L}\end{align}\] 結局、 \[\mathrm{e}^{ik_{x}L}= 1\] が成り立つということになります。これはオイラーの公式を思い出せば、 \[\cos\left ( k_{x}L \right )= 1\] すなわち、\(k_{x}L= 2n\pi\) であればよいという条件です。 \[\begin{align} k_{x} &= \frac{2\pi }{L}g_{x} \\ g_{x} &= 0,\pm 1,\pm 2,\cdots \end{align}\] と置くことができます。
一方、規格化条件ですが、オイラーの公式に戻ればわかるように \[XX^{\ast }= C_{x}^{2}\] となり、右辺は定数ですから、これを 0 から \(L\) まで積分した規格化条件は \[C_{x}^{2}L= 1\] すなわち、 \[C_{x}= \sqrt{\frac{1}{L}}\] です。以上より、この巡回境界条件においては、波動関数のx成分は \[X\left ( x \right )= \sqrt{\frac{1}{L}}\exp \left (i\left ( \frac{2\pi g_{x}}L \right)x \right )\] となります。
y、z方向についても考慮した波動関数 \(\varphi \left ( \mathbf{r} \right )\) は \[\varphi \left ( \mathbf{r} \right )= \sqrt{\frac{1}{L^{3}}}\mathrm{e}^{i\mathbf{k}_{g}\cdot \mathbf{r}}\] となります。ただし \[\mathbf{k}_{g}= \frac{2\pi }{L}\mathbf{g}\] であり、\(\mathbf{g}\) の成分は \[\begin{align} g_{x} &= 0,\pm 1,\pm 2,\cdots \\ g_{y} &= 0,\pm 1,\pm 2,\cdots \\ g_{z} &= 0,\pm 1,\pm 2,\cdots\end{align}\] です。したがってエネルギー \( \varepsilon _{g}\) は、 \[\begin{align} \varepsilon_{g} &= \frac{\hbar^{2}}{2m}\mathbf{k}_{g}^{2} \\ &= \frac{\hbar^{2}}{2m}\left ( \frac{2\pi }{L} \right )^{2}\left ( g_{x}^{2} + g_{y}^{2} + g_{z}^{2} \right ) \\ &= \frac{\hbar^{2}}{2m}\frac{\mathbf{g}^{2}}{L^{2}} \end{align}\] となり、やはりとびとびの値をとります。
この巡回境界条件は以後の議論にとって重要な役割を果たすことになります。