科学・基礎/半導体物理学

7.真空中の電子の運動

 例えば数 mm 角という大きさをもった半導体内を電流が流れるとき、移動している電子はもちろん 1 個ではなく、10 の二十何乗個という膨大な数が集団で動いています。このため 1 個の電子の動きが計算できたからといって、実際に起こる現象を説明できるとは限りません。どのような理論でもこのような大量の電子の運動をどのように扱うかが重要になります。

 しかしまずは 1 個の電子の運動を知らなければなりませんので、ここではそこから考えます。電子は電荷をもっているので、電界や磁界のなかで力を受け、加速されたり進行方向を変えられたりします。

 実はこの世の中に電子というものがあることが発見された根拠もこれでした。電子の発見者であるJ. J. トムソンは真空中を何かが飛んでいて、それが電界や磁界で曲げられることを実験で確かめ、それが電子の発見につながりました。

 ここではトムソンの実験を例に電子が受ける力を説明してみます。

 トムソンが行った実験は真空中の放電です。当時( 19 世紀半ば)、大気圧の 100 分の 1 以下の圧力の真空が作れるようになり、このような真空のもとで放電実験を行うとマイナス側の電極からプラス側の電極に向かって目に見えない何かが飛んでいることがわかり、これは陰極線と名付けられました。これが実は真空中を電子が飛ぶ電子線であったのです。

 トムソンが実験に使った装置は、概略図7-1のようなものです。中を真空にしたガラス管中に電極を入れます。一番左側にあるのが陰極(カソード)でマイナスの電極です。そのすぐ右側にプラスの電極、陽極(アノード)があります。

 アノードを板状にしてしまうとカソードから飛んできた電子がそこで止まってしまいます。普通の目的の場合はそれでよいのですが、電子線の曲がりを調べるためには、電子を空中に飛ばせなければなりません。そこでアノードには穴が開けてあります。また穴を細長い管のようにしてあります。これで飛んできた電子はアノードの後へまっすぐ飛び出すことができます。

 図7-1ではアノードの後方にもう一組の電極があります。この電極に電圧をかけると電子は電場から力を受けて曲げられます(偏向といいます)。ガラス管の電子が当たる位置に蛍光塗料を塗っておくと電子が当たった点が光りますから、電子がどのくらい曲げられたかを示す距離 d を計ることができます。

 このアノード後方に図7-2のように磁石を取り付けると、電子は磁場によっても曲げられることがわかります。かつてのテレビに使われていた陰極線管(CRT)、いわゆるブラウン管はこの原理で電子を蛍光面上のあらゆる位置に到達するように偏向し、画像を表示していました。

 トムソンは電場や磁場を変えて電子の曲がりを詳しく測定し、それが電子の発見につながりました(1)。次に電場や磁場と電子線の曲がりの関係を数式で表します。

 古典電子論への入り口として電子に力がはたらいたときの運動について考えます。電子を質量 \(m\) をもった粒子と考えると、電子に力 \(F\) がはたらいたとき、電子は加速運動をします。古典力学(ニュートン力学)によれば、その加速の程度を示す加速度 \(\alpha\) は次式で表されます。    \[\alpha = F / m \tag{1}\] この関係はニュートンの運動方程式と呼ばれています。この関係が成り立つことをニュートンの運動の第2法則とも言います。  因みに第1法則は力が働かないとき、(\(F = 0 \)) のときのことを述べたもので、このときは \(\alpha=0 \) ですから、もし電子がある速度で運動していれば、その速度を変えずに運動を続けることになります。この法則は慣性の法則とも言われます。

 第3法則は作用・反作用の法則で、物体Aから物体Bに力がはたらくとき、物体Bから物体Aには同じ大きさの反対向きの力がはたらくというものです。

 加速度 \(\alpha\) とは速度 \(v\) の変化率を意味し、速度 \(v_{0}\) で運動していた物体に \(\alpha\) という加速度が \(t\) 秒間はたらくと速度 \(v\) は次式で示されるように変化します。    \[v = v_{0} +\alpha t \tag{2}\]  物体にはたらく力には近接力と遠隔力があります。例えばボールを蹴ると、足とボールとが接触して足からボールに力がはたらき、ボールが動きますが、これが近接力の例です。蹴られ、空中に舞い上がったボールにはもう何も触れていませんが、地球上ならばボールはやがて地表に落ちてきます。これはもちろん重力がはたらくためですが、このような重力あるいは万有引力のような力を遠隔力と呼びます。

 電子の場合も、原子核などと衝突して速度が変わるような現象は、古典的には近接力がはたらいた場合として解析ができますが、ここで対象にするのは遠隔力の方です。電子も質量をもっているので、重力もはたらきますが、質量が非常に小さいので、これは通常無視されます。

 電子に遠隔力を及ぼすのは専ら電場と磁場です。これは電子が電荷をもっているからです。電子の電荷を \(e\) とすると、一様な電場 \(E\) によって電子にはたらく力 \(F_{e}\) は    \[F_{e}= e E \tag{3}\] です。

 この電場の力を受けて電子の運動がどう変化するかは(1)式の \(F\) に \(F_{e}\) を代入すればよいのですが、ここで重要なのは力の方向です。

 上記の陰極線管の場合、図7-3のように左側の電子を加速する電極の場合は電子が運動する方向と電場 \(E_{x}\) の方向が同じです(この方向を \(x\) 方向とします)。この場合は \(F_{e}\) も \(\alpha\) も \(v_{0}\) もすべて \(x\) 方向を向いているので、電子は今まで飛行してきた方向を変えずに速度が大きくなります。

 一方、右側の偏向電極の場合は電子が速度 \(v\) で飛行している \(x\) 方向と直角の \(y\) 方向に電場 \(E_{y}\) をかけます。この場合は速度が変化するのは電子がこれまで飛行してきた \(x\) 方向ではなく、それと直角の \(y\) 方向になります。ここにベクトルの考え方が入ってきます。以後、ベクトルは太字で表すことにします。

 \(x\) 方向には速度 \(v\) が変わらず、\(y\) 方向には電場の中を飛んでいる間は    \[v_{y}= m F_{e} t \tag{4}\] で速度が増加します。

 このとき電子はベクトル \(\mathbf{v}_{x}\) と \(\mathbf{v}_{y}\) の和(2つのベクトルが作る長方形の対角線の方向と長さ)のベクトルの速度をもって運動することになります。\(\mathbf{v}_{y}\) は時間によって変化しますから電子の進む方向も時々刻々変化することになります。

(1)S. ワインバーグ、「電子と原子核の発見」(ちくま学芸文庫)

 

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