科学・基礎/半導体物理学
3.半導体の電気伝導
半導体中を流れる電流は何によって運ばれるか、という問いに対する答えはもちろん電子と正孔です。ではこれがどうしてわかったのでしょうか。これは 19 世紀まで遡って考える必要があります。
電子はイギリスのJ.J.トムソン(Joseph John Thomson)によってその存在が明らかになりましたが、これは気体が放電するときの話で固体中の話ではありません。この発見は 19 世紀末(1897 年)のことで、前項のファラデーの実験より 50 年以上も後で意外に新しいのです。19 世紀に入って、固体中で起こるいろいろな電気現象についての実験が活発に行われるようになりましたが、19 世紀中にはまだ何が電流を運んでいるのか全体像は見えていなかったのです。トムソンの実験については7項で再び取り上げます。
ところで電流が流れるのは固体だけでなく液体でも観測されます。電解液に2つの電極を向かい合わせに入れて電圧をかけると電流が流れますが、これは液中をイオン、つまり電荷をもった原子核自身が動いて電流を運んでいるためです。ここでまたファラデーが登場しますが、ファラデーの法則として知られる法則があります。原子核自身が動いて電極に達すると、そこに原子核が貯まります。原子核が貯まるということは物質が貯まる(析出すると言います)ということですから、その量(重さ)を計ることができます。この析出した物質の量と流れた電流の量が比例するというのがファラデーの法則です。
固体でも岩塩(NaCl の結晶)では \(\mathrm{Na}^{+}\) イオンが動くことによって起こる電気伝導が知られています。この場合も陰極に Na が析出してくるのでイオンが動いているのがわかります。ところが半導体の場合は電流を流しても何も析出してきませんから、イオンが電流を運んでいるのではなく、何かもっとずっと軽いものが電流を運んでいるらしいことがわかります。
一方、固体中で電流を運んでいるものがプラスの電荷をもっているか、マイナスの電荷をもっているかを特定する方法が考え出されました。これはアメリカのホール(E.H.Hall)という人が1879年に行った実験です。電流の向きからでは正負どちらの電荷が流れているかわかりませんが、電流の流れている方向と直角方向に磁場をかけるというのがホールが行った実験です。電荷の符号によって磁場によって曲げられる方向が違うのを利用しますが、このことはこの時点ですでにわかっていました。
フレミングの左手の法則という法則があります。左手の親指、人差し指、中指を互いに直角になるように曲げたとき、中指の方向(図3-1の x 方向)が電流、人差し指の方向( y 方向)が磁界の方向、親指の方向( z 方向)がはたらく力の方向を表します。
中指のつけ根から指先の方向( x 方向)に向かって電流が流れているということは、正電荷(図3-1(a))なら同じ方向に動いていることになり、負電荷(図3-1(b))なら逆に指先からつけ根に向かって動いていることになります。磁界を中指の方向にかけると力は親指方向ですから正電荷でも負電荷でも図のように親指の方向(z方向)に曲げられることになります。このとき親指の方向の電圧を計ってみれば電圧(ホール電圧と言います)の極性が電荷のプラス、マイナスによって変わってくることになります。これがホール効果と呼ばれる現象です。
ホールは金属について実験を行い、金属中を負の電荷が流れていることを発見しました。半導体で実験が行われたのは 1930 年代と 20 世紀に入ってだいぶたってからでした。その結果、当時は負電荷の場合と正電荷の場合とがあることがわかりました。これがn型半導体とp型半導体です。しかし負電荷と正電荷がそれぞれ何なのかは当時はわかりませんでした。半導体中には電子と正孔があるとする考え方はこの後、出てくることになります。ホール効果についてはもう一度12項で触れます。
トムソンによる電子の発見がどのように行われたかを詳しく説明した本があります。S.ワインバーグ著「電子と原子核の発見」(1)がそれです。著者はノーベル賞を受賞したアメリカの物理学者ですが、どのような考えでどのような実験を行って電子が見つかったのかがわかりやすく解説されています。実験で何かを明らかにしたいとき、どうしなければならないかがわかる本だと思います。
(1) S.ワインバーグ、「電子と原子核の発見」(ちくま学芸文庫)
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