科学・基礎/半導体物理学
1.はじめに
<電>子デバイス、<光>デバイスのセクションではいろいろな半導体デバイスの原理やはたらきを原則として数式を使わずに説明しています。これらのデバイスを実際に設計したり装置に組み込んで使用しようとする専門家以外の人にとっては、ほとんどのことはこれで理解ができると考えたからです。
しかしそうは言っても、言葉より数式を使った方がすっきりした説明ができることもありますし、またどうしても数式を使わないと的確な説明ができないことも少しはあります。そんな訳で多くのデバイスにとって共通の基礎となる最小限の事項について、半導体物理学の紹介を数式を含めてやってみようかと思います。
物質の性質を明らかにする物理学としては物性物理学がありますが、この言葉は日本特有なもののようで、対応する適当な英語はないようです。国際的には固体物理学(Solid-state physics)がよく用いられています。物性物理学はとくに固体に限定されないので、気体や液体も対象に含むやや広い概念かと思われます。
固体物理学の対象は金属、誘電体、半導体、磁性体が主なものです。したがって半導体物理学は固体物理学の一部であると言えます。固体物理学の対象の大きな部分は固体結晶です。この点は半導体物理学も同じです。
ここで取り上げようとする半導体物理学の基礎は20世紀の前半、すなわち1950年頃までにはできあがっていたものです。1947年末にはトランジスタの発明がなされており、この時期までには半導体の基礎理論はほぼ完成していたと言えます。しかし半導体デバイスはこの後に大きな発展をしました。トランジスタの大規模な集積化や光デバイスの高性能化などです。しかしこのデバイスの目覚ましい発展も半導体物理学の基礎を覆すものではありませんでした。
以下の各項で、まずは半導体というものがどのような性質をもった物質なのか、これについては少し歴史的な流れに沿って説明します。
つぎに半導体にとって重要な性質である電気伝導について古典物理学によりどこまで明らかにされたかを考えます。古典物理学とは量子力学が誕生するより前に完成された主として力学と電磁気学のことです。
古典物理学は19世紀のうちに数学的な体系化が進みました。したがって半導体の電気的性質を古典物理学で扱うにはそれなりの数学を必要とします。これは高校の数学で教えられる範囲を超えると思われますが、十分理解できると考えます。ここではできるだけわかりやすく説明するつもりです。
古典物理学で説明できる範囲には限界があることが明らかになっています。そして説明できない現象は量子力学を使う必要があります。量子力学は高校では教えられていませんが、高校の数学で理解できないかというと、そうではないと考えます。基本的な部分、必要最小限の準備をしたうえで、半導体の性質のどこに役立つかを説明するつもりです。
なお、ここでは話の対象を単一の半導体材料とくに結晶に限りたいと思います。しかし半導体を応用したトランジスタなど半導体デバイスは複数の性質の違う層を重ねてできています。このような半導体デバイスの物理については別に説明する予定です。
なお、以上の話の流れは下記の本(1)を参考にしています。
(1)植村泰忠、菊池 誠「半導体の理論と応用(上)-その半世紀の歩み-」裳華房(1960)