産業/信頼性
14.接合の降伏と破壊
半導体デバイスの故障のうちもっとも本質的なものと言えば、半導体デバイスの心臓部とも言える接合そのものの破壊でしょう。この項ではこの接合、とくにpn接合の破壊について説明します。
図14-1の曲線はpn接合ダイオードの電流-電圧特性です。図の正(プラス)電圧はダイオードのp側を正電位、n側を負電位となるような極性の電圧をかけた場合、すなわち順バイアス状態を意味し、負(マイナス)電圧はその逆の極性となるように電圧をかけた場合、すなわち逆バイアス状態を意味します。
図14-2はこの逆バイアス状態のpn接合のエネルギーバンド図です。エネルギーバンド図では縦方向のエネルギーは電子のエネルギーにとるのが慣習になっていますから、電子は高い方から低い方へ流れ、正孔は逆に低い方から高い方へ移動します。図からわかるようにn型層内に多数いる電子はエネルギーの高いp型層側には空乏層が障壁になって流れ難くくなっています。正孔も同様に流れ難くくなっています。つまり逆バイアス状態では電流は流れ難いことが示されています。
逆バイアスの場合はほとんど電流が流れず、順バイアスではよく流れるので、pn接合ダイオードはいわゆる整流特性を示します。ところがこの逆バイアス電圧がある限度を超えて大きくなると、図14-1のマイナス電圧側に示したように電流が急に流れ始めます。これが接合の降伏(一次降伏)現象です。降伏が起こるだけなら、接合は破壊には至らず、電圧を下げれば電流は減少して元に戻ります。
しかしさらに電圧を上げて電流を増大させると、同じ図に示すように特性が不連続に変化します。これを二次降伏と呼びますが、この状態になると電圧を下げても元の状態に戻らなくなり、さらに電圧を上げると電流が急増して接合は破壊に至ります。
一次降伏のメカニズムには2種類があると考えられています。その一つが電子なだれ(雪崩)降伏で、アバランシェ(avalanche)降伏とも呼びます。
エネルギーバンド図ではエネルギーバンドの傾斜がきついほど電界が強いことを表しますが、図14-3に示すように逆バイアス電圧が高くなると、空乏層内で発生したり、p型層から流入した極少数の電子はこの傾斜が示す電界に沿って、坂道を転げ落ちるように加速されます。しかし電子の動きを描かれた通りに受け取るのは誤解のもとです。
電子が半導体中を移動するときのイメージは、四方八方に原子が並んでいて、電子はあるときは原子の間をすり抜け、あるときは原子にぶつかりながら動いているというものです。障害物もなく坂道を転げ落ちるというイメージとは違います。電子は原子よりずっと軽いので原子にぶつかると弾かれて動く方向が変わります。このため個々の電子はばらばらの方向に、しかもひっきりなしに方向を変えながら動いています。ただたくさんの電子を平均してみると、確かに電界に沿って坂の上から下に向かって全体が移動していることになります。
このように電子が原子に衝突することは、普通に起きていて電子のスピードが遅いときはぶつかった電子が向きを変えるだけです。ところが電子が高速で原子にぶつかると、そのエネルギーによって原子の中にいる電子が原子から叩き出されるようになります。勢いよく飛んできたボールがガラス窓に当たったとき、ガラスが割れて飛び散るようなイメージでしょうか。
図14-4は高い電界がかかった空乏層中の電子、正孔の動きを模式的に示しています。ここでは空乏層のマイナス電位側 a点(図14-3に示すように電子にとっては坂の上側に当たります)に電子が右側のp型層から拡散などによって移動して入ってきます。
電子は電界に沿って左へ動きます(赤い矢印)。この電子は高い電界で加速されて高速となり、やがて b点で原子に衝突します。このとき電子を飛び出させ緑色の楕円で示した電子-正孔対を作ります。電子と正孔は分かれて反対方向(赤と青の矢印で示しています)に動きますが、電子は衝突してきた最初の電子と発生した電子の両方がともに高いエネルギーを維持したままさらに c点で別の原子に衝突し、それぞれ電子-正孔対を作ります。このようにして次々に電子ができ、その数はねずみ算的に増えていきます。同様に正孔も d点や e点で原子と衝突して増えます。これが電子なだれで、最初1個だった電子が原子と衝突しながら急激に増える現象です。
この電子数が増えるのを積極的に利用したのがIMPATTダイオードやアバランシェフォトダイオード(受光素子・撮像素子の11項)です。アバランシェフォトダイオードの場合は接合に高電界をかけておくと、光の入射によってできた電子と正孔が加速され電子なだれが起きるのを利用しています。微弱な光によってできた電子-正孔対が電子なだれによって増加し、大きな電流となって観測されます。
ここで高い電界と言いましたが、電子雪崩が発生する電界は大体1cmの厚さの半導体に1万ボルト以上の電圧をかけたくらいの大きさです。随分高い電圧と思われるかもしれませんが、家庭にきている商用電源の100V(交流ですがそれは今は考えないでおきます)を使うときにつなぐ電源コードは電線の外側にビニールなどの絶縁体を被せたものです。この絶縁体のビニールの厚さはどうみても数mmです。1mmの厚さに100Vということは1cmに1000Vということです。この位は身の回りで普通のことなのです。これより10倍以上電界を上げると電子雪崩が起きる可能性があるということです。電子なだれの詳細についてはIMPATTダイオードのところで取り上げる予定です
もう一つ1次降伏はツェナー効果によるもので、ツェナー降伏とも呼ばれています。このツェナー効果とは高電界によって薄くなった禁制帯を電子がトンネルする現象です。接合にかかる電圧が一定限界に達するとトンネル現象が起き、電流が流れます。この性質は定電圧ダイオード(ツェナーダイオードとも言う)として利用されています。トンネル効果の詳細については負性抵抗素子のところで取り上げる予定ですので、ここでは立ち入りません。
この2つの現象の違いはつぎのような点にあります。ツェナー効果あるいはトンネル効果はp型層、n型層の不純物濃度が高く、空乏層幅が狭いときに起こりますが、不純物濃度が低く、したがって空乏層幅が広い素子で起こりにくくなります。このような場合に電界が高くなると電子なだれが起こるようになります。
以上が接合の一次降伏ですが、上でも触れたように、この現象が起こり始めた段階では接合は破壊されず、電界を下げれば、もとの整流特性に復帰します。しかし一次降伏が生じたのにさらに電界を高めてしまうと、図14-1に描いたように2次降伏と呼ばれる状態に進んでしまいます。図のように接合にかかる電圧が一次降伏の場合より大きく低下し、電流は急増します。このような状態になると、pn接合はほぼ破壊され、正常な状態に復帰しなくなります。
これは前項の図13-2(b)に模式的に示していますが、接合部分の一部が融解してしまい、電流の通路ができるためと考えられます。このためダイオード両端の電圧は接合が正常な場合に比べて低下し、電流集中が起きます。このような現象は必ず観測されるわけではなく、一次降伏の後、突然破壊に至る場合もあります。