産業/信頼性

11.加速試験

 寿命の測定は時間がかかるため、測定できる試料数をむやみに増やすことが難しいという難点があります。なんとか測定にかかる時間を短縮できないかが大きな課題となります。この課題を解決するための一つの考え方が加速試験です。故障が早く起こるように仕向けた試験です。故障を早く起こるようにする手段としてすぐに思いつくのが試料に通常の使用時より強いストレスを与える、つまり少し無理な条件で動作させることでしょう。

 少し話が飛びますが、半導体レーザの開発段階を思い起こしてみます。新材料や新構造の半導体レーザが開発されるとき、最初はほぼ必ず室温での連続動作ができず、通電後すぐに故障が発生してしまうような状態になります。ところが同じ試作素子を室温でなく低温に冷やすとかなり長時間動作することがあります。あるいは室温でも直流電流でなくパルス電流なら動作することがあります。これはつまり周囲の温度が高いほど、半導体レーザの接合部分にとってストレスになっていることを示します。またパルス電流の場合よりも直流電流の場合は接合部分の温度上昇が激しく、これもストレスになっていることがわかります。

 このような例からみて、室温で動作する完成したデバイスでも、さらに高い温度で動作させるとストレスがかかって室温動作の場合より早く故障することが予想されます。あるいはまた、動作電流を定格より大きくすることによっても故障は早く発生することが予想されます。その他、デバイスの特徴に合わせて、動作環境の湿度を高くしたり、印加電圧を上げたりとストレスを加える手段はいろいろ考えられます。

 問題はこれらストレスを加えて動作させた場合に、どれだけ寿命を短くさせることができるかが、定量的にわかっていなければならないことです。そうでないとストレスのない通常の動作をさせた場合の寿命に換算することができません。しかしこの加速の割合を明らかにするのは必ずしも容易ではありません。どのようなメカニズムで故障が起こるのかを解明する必要があるからです。

 ここでは温度上昇による故障の発生について考えます。半導体の場合、温度が上昇すると、結晶が融解、あるいはそれに近い状態になり接合が崩れる、あるいは何らかの化学反応が進行しやすくなることにより材料が変質、劣化する、などの故障が起きることが想定されます。

 このような現象について一般的に考えます。化学反応が起こる速さ(反応速度)\(k\) が温度によってどう変化するかについてはつぎのようなアレニウスの式がよく知られ使われています。アレニウス(S.Arrhenius)はスウェーデンの科学者で19世紀後半(1984年)にこの式を提示しています。 \[k=A\exp \left (-\frac{E}{RT} \right )\tag{1}\]

ここで \(A\) は温度に依存しない定数で頻度因子と呼ばれることがあります。\(E\) は活性化エネルギー、\(R\) は気体定数です。この式は理論的な導出されたわけではなく、経験式と考えられています。化学反応は反応物がある活性化エネルギー以上のエネルギーを得たときに起こり、その起こりやすさは反応物が出会う頻度に比例するはずであるという考えがベースになっています。

(1)式両辺の対数をとると \[\ln k=\ln A-\frac{E}{RT}\] となりますから、図11-1のように横軸に \(1/T\)、縦軸に \(\ln k\) をとると、傾き \(-E/R\)の直線関係になります。これをアレニウスプロットと言うことがあります。この直線の傾きから活性化エネルギー \(E\) が得られます。実務的には縦軸を \(\ln k\) そのものにとることは難しく、反応生成物の量など反応速度に代わる実験データから得られる量とするのが普通です。さらにここでは反応の進行によって故障が起こると考えていますから、\(k\) は故障発生時間(寿命)に比例すると考えることになります。

 少し実用的な話をしておきます。上記から得られた傾きに \(R=8.31 \left ( \mathrm{J/K}\cdot\mathrm{mol}\right ) \) を掛ければ、活性化エネルギー \(E\) の値が得られますが、エネルギーの単位は \(\mathrm{J/mol}\) です。モル当たりのエネルギーは少しわかりにくいので、替わりに

\[k_{B}=N_{A}R\]の関係を用いてボルツマン定数 \(k_{B} \)を求め、これを \(R\) の替わりに用いると得られるエネルギーの単位はジュール \(\left ( \mathrm{J}\right ) \) となります。

ここで \(N_{A} \) はアボガドロ数で、数値は \(6.02\times 10^{23} \left ( \mathrm{/mol}\right ) \) ですから、ボルツマン定数 \(k_{B} \) の値と単位は \(1.38\times 10^{-23} \left (\mathrm{J/K}\right )\) となります。さらに半導体など物理の世界ではエネルギーの単位としてジュールよりも電子ボルト(エレクトロンボルト、eV)を使うことが多いので、上記ボルツマン定数を電子電荷 \(e=1.60\times 10^{-19}\left (\mathrm{C}\right )\) で割って \(k_B =8.62\times10^{-5}\left (\mathrm{eV/K}\right )\) と単位を変えておけば、得られるエネルギーの単位はeVとなります。 

 このアレニウスの式に従う場合に反応が温度によってどの程度加速されるかを見ておきましょう。半導体分野では活性化エネルギーは大体 0.1~1 eV程度の場合が多いので、このような場合に、温度が室温(300K) からよく信頼性試験で使われる高温85℃(358K)に上がった場合に反応速度 \(k\) が何倍になるかを計算してみます。その結果が表のようになります。加速の割合は活性化エネルギー \(E\) に強く依存します。\(E=0.1\mathrm{eV}\) ならば室温から85℃に温度を上げても2倍足らずですが、0.5eVなら20倍以上、1eVなら500倍を超える加速となることがわかります。

E(eV)  exp(-E/kT):T=300K  exp(-E/kT):T=358K   加速割合
 0.1  0.0209  0.0391  1.87
 0.5  4.01×10-9  9.19×10-8  22.9
 1.0  1.61×10-17  8.45×10-15  526

 このアレニウスの式の提案から40年以上経った1935年になってアメリカの化学者、アイリング(H.Eyring)らは理論的に反応速度の温度依存性を与える式を理論的に導きました。

 ここでの本題からはやや逸れますが、基本的な話なので式の導出をみておきます。アイリングが式の導出の前提として考えた反応過程は図11-2に示すようなものです。AとBという物質が化学反応してPという物質が生成する場合を考えます。このような化学反応が起こるためには図の曲線のようなエネルギーの山を越えるに必要なエネルギー \(E_k \) を与える必要があります。これはアレニウスの場合と同じです。

 またA+Bの状態に比べてPの状態がエネルギーが \(E_{KP} \) だけ低くなっていますが、これは必須ではありません。しかしこのようになっていれば、A+BからPへの反応が逆のPからA+Bへの反応より起こりやすく、反応はA+BからPへ進みやすいことを示しています。

 アイリングの考えた過程の特徴は、エネルギーの高いところで{AB}という状態をもつことです。{AB}は遷移状態と呼ばれ、A+Bと{AB}は平衡な状態にあると考えます。この関係を化学式で図中に示します。ここで \(K^*\) はA+Bと{AB}の間の平衡定数、\(k^*\) は{AB}からPに進む反応速度です。[ ]はそれぞれの濃度を示すとすると、生成物Pの濃度の時間変化は \[\frac{\mathrm{d}\left [P \right ]}{\mathrm{d}t}=K^* k^* \left [ A+B \right ]=k \left [ A \right ] \left [ B \right ] \]と書けます。ただし \(k\) は速度定数と呼ばれ、 \[k=k^* K^* \] です。  さらに反応速度 \(k^{*}\) は \[k^{*}=\kappa\nu\] と表されます。ここで \(\nu\) は反応物質の振動周波数、\(\kappa\) は透過係数と呼ばれることもある比例定数で、アレニウスの式の頻度定数と類似した考えによるものです。ここで振動エネルギーは熱エネルギーに等しいと考えて、\(h\nu=k_{B}T\) の関係を用いると \[k^{*}=\kappa \frac{k_{B}T}{h}\tag{2}\] となります。なお、\(k_{B}\) は上記と同じボルツマン定数です。

(注)ボルツマン定数の記号は他では \(k\) を用いていますが、速度定数 \(k\) との混同を避けるため、この項でのみ \(k_{B}\) を用います。

 一方、平衡定数 \(K^{*}\) は反応のギブスの自由エネルギー \(\Delta G^{*}\) と次のような関係があります。 \[\Delta G^{*}=-RT\ln K^{*}\] この式は自由エネルギーを定義する基本的な式ですが、その導出はかなり脇道が長くなってしまうので、ここでは省略します。この式を書き直すと \[K^{*}=\exp \left (\frac{-\Delta G^{*}}{RT}\right )\] となります。これを(2)式に導入すると、 \[k=\kappa\frac{k_{B}T}{h}\exp \left (\frac{-\Delta G^{*}}{RT}\right )\tag{3}\] となります。この式がアイリングの式と呼ばれています。

 上記のアレニウスの式をアイリングの式((3)式)と比べると、\(A\) は温度に依存しない定数である点が異なります。しかし温度依存性の観点から言うと、指数関数の前の1次の温度 \(T\) の影響は小さいので、(3)式の代わりに(1)式を使ってもそれほど大きな差異はないということになります。

 ところでギブスの自由エネルギー \(\Delta G^{*}\) は熱力学において \[\Delta G^{*}=\Delta H^{*}-T\Delta S^{*}\tag{4}\] と表されます。\(\Delta H^{*}\) はエンタルピー、\(\Delta S^{*}\) はエントロピーです。(4)式を(3)式に代入すると \[k=\kappa\frac{k_{B}T}{h}\exp \left (-\frac{\Delta H^{*}}{RT}\right )\exp \left (\frac {\Delta S^{*}}{R}\right )\tag{5}\] この(5)式をアイリングの式という場合もあります。この両辺に \(hk/k_B T\) を掛けて対数をとると \[\ln \frac{hk}{k_B T}=-\frac{\Delta H^{*}}{RT}+\left (\frac{\Delta S^{*}}{R}+\ln \kappa \right ) \]となります。アレニウスプロットと同様に横軸に \(1/T\)、縦軸に \(\ln\left (hk/k_B T \right )\) をとると、(5)式の関係が満たされていれば、直線となり、その傾きから \(\Delta H^{*}\) が得られ、切片から \(\Delta S^{*}\) が得られることになります(\(\ln \kappa \) は無視できるとします)。しかし得られたエントロピー \(\Delta S^{*}\) が加速試験にどういう意味をもつかは今ひとつはっきりしません。

 ところが(5)式と同じ形で、エントロピーの項を湿度のパラメータで置き換えると温度と湿度による加速の効果を表すことができるという提案があります。1970年代に米国モトローラ社のN.Lycoudes という人がつぎのようなアイリングの式と同じ形の式を提案しました(1)。 \[L \propto \exp \left (-\frac{E}{k_{B}T}\right )\exp \left (\frac {B}{RH}\right )\tag{6}\] ここで \(RH\) は相対湿度、\(B\) は定数です。左辺は本来は反応速度 \(k\) なのですが、もはやあまり厳密な式ではないので、寿命 \(L\) に比例するとしています。なお、相対湿度とはある温度での飽和水蒸気量(空気中に含むことが可能な最大水蒸気量)に対する割合のことで単位は%で表します。絶対湿度は単位体積に含まれる水蒸気の質量のことで単位は \(\mathrm{g/m^3}\)などです。(6)式両辺の対数をとって \[\ln L \propto -\frac{E}{k_{B}T}+\frac{B}{RH}\] となりますから、縦軸に \(\ln L\)、横軸に \(1/T\) をとると、直線の傾きから活性化エネルギー \(E\) が得られます。また雰囲気の相対湿度 \(RH\) を変えて試験を行えば、切片から 定数\(B\) が得られますから、湿度による加速がどの程度かを評価できます。

 湿度による加速については他のモデルも提案されていて、上記のモデルが万能ではないようです。この他、印加電圧などによる加速も考えられ、モデルも提案されていますが、特定のデバイスを対象とするものなので、ここでは立ち入らないことにします。

(1) N.Lycoudes, Solid State Technology, Vol.21, p.53-62 (1978)

 

 かつてはアレニウスプロットを行うために片対数のグラフ用紙が必須アイテムでした。この場合注意しなければならないのは、グラフ用紙の対数目盛りは底が10の常用対数であることです。活性化エネルギーを求めるには自然対数への変換を忘れないようにしなければなりません。つまりグラフから得られた傾きを \(\log_{10} e =0.434\) で割る必要があります。 

 

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