光デバイス/太陽電池

46.色素増感太陽電池

 ここで紹介する太陽電池はこれまで説明してきた各種の太陽電池とかなり違った構造と原理をもっています。これはもはや半導体デバイスとは言えないと思いますが、太陽電池としては外すことができないので、ここで取り上げます。

 これまで説明してきた固体だけでできた太陽電池では、光の吸収によって電子(正孔)を発生させ、これをそのまま固体中の電界に沿って移動させることにより、外部の回路に電流を流していました。

 太陽電池でない普通の電池では正負の電極表面での化学反応で発生した電子を外部回路に取り出して電流としていますが、電極間に電解質(イオン)を含む液体(電解液)を置いて、その液中を移動するイオンによって電極間で電荷を運んでいます。

 もっとも身近な乾電池は取り扱いやすいように見かけ上電解液を使わないように工夫していますが、古くなると液漏れが起こることからもわかるように原理的には電解液を使っているのと同じ構造をもっています。

 このようなわけですから、化学反応の代わりに光のエネルギーで電子を発生させれば、電解液を使った電池と似た構造で太陽電池ができるはずです。このような考え方の太陽電池を発明したのはスイスのローザンヌ工科大学のグレツェル(M. Graetzel)教授です。1991年に発表がなされています(1)

 図46-1はこの太陽電池(グレツェル・セルとも呼ばれる)の基本構造です。透明なガラス基板の間に電解液を封入した構造となっています。電解質としては普通ヨウ素(I)が使われます。このガラス基板の内側の表面には電極が設けられます。この電極の少なくとも一方は太陽光を透過するように透明導電膜である必要があります(電解液側が透明でない金属電極の場合があります)。透明導電体としては酸化スズ(SnO)がよく使われます。

 この電池の最大の特徴は酸化物半導体電極とその上の色素膜です。酸化物半導体電極は表面がでこぼこに描かれていますが、これは表面積を増やし、できるだけ効率よく太陽光を吸収させるためで、多孔質あるいは微粒子を固めたものが使われます。具体的な材料としては酸化チタン(TiO)がもっともよく用いられています。

 発電の原理を図46-2を用いて説明します。この図は説明のため、左半分がエネルギー図、右半分は構造図という変則的なものです。入射太陽光は酸化物半導体電極を透過して色素膜に吸収され、電子eが励起されます。この電子は色素膜と接している酸化物半導体の伝導帯に入り、ここを移動して電極に達します。色素膜は電子を失うので、これを電解液中のマイナスイオンIから補給します。電解液中を移動する電解質Iは不足した電子を対向する電極から補給します。これで電極間を接続すれば電流が流れ、負荷に電力が取り出せることになります。

 ここで色素膜を着ける理由は太陽光を効率よく吸収するためです。酸化チタンはバンドギャップが広く、紫外光の領域しか吸収できません。またこれまで説明してきたように単独の半導体では広い波長範囲をカバーできません。

 これに対して色素は単独で可視光から赤外光までの広い波長範囲を吸収できるものがありますが、前項で説明したように固体の薄膜として使った場合は電流が流れにくいなどの難点がありました。しかしバンドギャップエネルギーの大きい半導体表面に積層することにより色素の特性をうまく生かすことができます。色素によって吸収できる光の波長範囲を広げられることから色素増感という言葉が使われています。

 色素膜は太陽光を吸収するものならよいのですが、グレツェル教授のグループではこの電池に適した材料を開発しています(2)。これはまず太陽光スペクトルを広く吸収し、かつ電子を効率よく酸化物半導体へ移すことができる材料です。開発された材料は、ルテニウム(Ru)という金属を含む錯体で、代表的な化学式は        RuL(NCS) と表されます。ここでLは例えばつぎのような基、

NCSというのは-N=C=Sという窒素、炭素、硫黄からなる基です。

 分子構造の典型例を以下に示しますが、有機物質ですので様々な変形があり得ます。

 この構造で10%を越える変換効率が得られたため、単結晶シリコン太陽電池を越える効率をもつ太陽電池が比較的安価な材料を使って実現できるのではないかと期待されています。現在では内外の複数の企業が製品を出していますが、大電力に対応するのは難しいようです。

(1)国際公開91/16719号(対応日本出願:特表平5-504023号)

(2)国際公開98/50393号(対応日本出願:特表2002-512729号)

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