光デバイス/太陽電池

41.Ⅱ-Ⅵ族化合物半導体薄膜太陽電池

 前項でⅢ-Ⅴ族太陽電池の低コスト化の手段として基板を低価格なものに変えることを挙げました。実際にSiやGeを基板にすることが試みられてはいます。しかしこの場合は単結晶Siの太陽電池より高い変換効率が得られないとあまり価値がありません。基板をさらに安いガラスなどにすることができれば特徴を出せるのですが、Ⅲ-Ⅴ族では難しいようです。

 例えばⅢ-Ⅴ族のGaAsなどは普通に真空中で加熱して蒸着しようとすると分解してしまってほとんど半導体としての性質を失ってしまいます。一方、Ⅱ-Ⅵ族の例えばCdSなどは、粉末を加熱して真空蒸着すると、ガラス基板上に半導体としての性質を保った多結晶膜が簡単に得られます。このようなことも理由で、あまり目立ちませんが、Ⅱ-Ⅵ族化合物がかなり早くから研究され、一部太陽電池として実用化されたものがあります。

 Ⅱ-Ⅵ族の半導体として一般に使われるのは、Ⅱ族元素Zn、CdとⅥ族元素S、Se、Teの組み合わせになりますが、ほぼどの化合物も容易に多結晶膜が得られます。このような性質のため、早くから手軽な半導体試料として使われてきたと言えます。

 ただ問題はp型、n型の伝導型の制御が難しく、上記の組み合わせのなかでp型が得られるのはTeを含むCdTeとZnTeのみですが、n型を得るのは困難です。他の組み合わせはn型しか得られません。このため、ホモpn接合ができず、デバイスへの応用が難しいという問題がありました。

 太陽電池に話を戻すと、もっとも高い効率が期待されるバンドギャップエネルギーは1.4eVですが、この付近の値をもつⅡ-Ⅵ族にはCdTeがあります。バンドギャップエネルギー1.44eVと太陽電池の材料として理想的な値をもっています。

 CdTeはp型が得られますので、他のn型材料と組み合わせればヘテロpn接合が形成できます。通常相手に使われるのはCdSです。CdSはバンドギャップエネルギーが約2.4eVと大きいので、太陽光を吸収して光電変換するのはもっぱらCdTeの役目ということになります。

 このCdS/CdTe系太陽電池は1960年代から外国では研究がされていましたが、日本の松下電器と松下電池工業の両社によって1980年代中頃に電卓用として始めて実用化され、その後住宅用としても商品化されたそうです。変換効率は10%程度だったようです。

 その製品化に至る過程でいろいろな改良が進められています。まず初期はとにかく低コストで作るために真空プロセスを使わない印刷法が考えられました。スクリーン印刷は古くから知られている方法ですが、CdSの粉末原料を有機材料と混ぜてペースト状にし、図41-1のように網のようなスクリーンを通して基板に塗りつけます(1)。これを加熱して焼き固めるとCdS層ができます。その上に同じようにCdTe層を作り、電極を作れば太陽電池ができます。CdTeの方は原料としてCdとTeの粉末を使い、焼結時に化合させることが多いようですが、これはCdTeが化合物として入手し難かったためと思われます。

 印刷パターンの精度が高く自動化も可能な印刷方法への改良も行われています。この方法は原料のペーストを空気圧で押してノズルから押し出し、基板に塗る方法です。

 その後、より高い変換効率を実現したのは近接昇華法という真空蒸着の一種を使って作られた太陽電池です。この方法によるCdTe系太陽電池は1990年代初めに作製されています(2)。ドイツのバッテルインスティテュートが1991年にドイツで最初に出願した特許ですが、「小距離法」という言葉が使われています。

 その後、松下電池社はこの方法を改良し、16%という高い変換効率を実現しています。これはアモルファスシリコンよりかなり大きい値で、薄膜太陽電池としては最高レベルになると思われます(3)

 太陽電池の構造は図41-2に示すようになっています。ガラス基板にITOなどの透明導電膜を着け、その上にCdS膜を着けます。ここまでの方法にはとくに問題はありません。

 この上に近接昇華法でCdTe膜を着けます。近接昇華法の装置を図41-3に示します。「近接」というのは基板(ここでは透明導電膜とCdS膜を成膜済みのもの)と原料の距離を1~2mmと非常に近く置くという意味です。原料としてCdとTeの粉末を印刷法によって膜状にしたものを使います。石英管の中を真空ポンプで減圧状態にし、アルゴンガスを流しながら原料を加熱すると、CdTe膜がCdS膜上に形成されます。原料、基板とも外部のヒータで600℃程度に加熱しています。成膜時間が1分と短いのが特徴で6μmの厚さのCdTe膜が形成されています。

 その後、CdTe膜の表面にアルコールに溶かしたCdClを塗布し、熱処理すると変換効率が大幅に向上するとされています。この特許では変換効率は13%台の値が書かれていますが、その後の改良で16%まで達しています。なおp型CdTe膜上の電極にはカーボン膜が使われます。カーボン膜中のCuなどがCdTe中に拡散してp型の導電率を高めるとされています。両金属電極の材料はAgInとAgです。

 このCdS/CdTe系太陽電池の作製工程は以上のようにやや特殊なところが多く、何故これがよいのかはっきりしていないところもありますが、薄膜としては非常に高い変換効率が得られているのは確かです。ただ現状では大面積のセルで高い効率を保つのは難しく、電卓などの機器に組み込む太陽電池として使われているようです。

(1)特開平01-30275号

(2)特開平06-45626号

(3)特開平09-321325号