光デバイス/太陽電池
42.Ⅰ-Ⅲ-Ⅵ族化合物半導体薄膜太陽電池
Ⅰ-Ⅲ-Ⅵ族化合物半導体とは聞き慣れないかと思います。太陽電池では実用化されていますが、他のデバイスへの応用はほとんどなされていないので、あまり一般に知られているとは言えない材料です。前項で紹介したⅡ-Ⅵ族のⅡ族元素をⅠ族とⅢ族に分けた物質と考えればよく、以下説明するように薄膜太陽電池としてはかなり優れた特性をもっています。しかし半導体としてそれほど特徴があるわけではないので、広く応用はされていないものと思われます。
Ⅰ-Ⅲ-Ⅵ族で太陽電池にもっともよく使われているのはⅠ族が銅(Cu)、Ⅲ族がインジウム(In)、6族がセレン(Se)のCuInSe2です。6族元素が2個ですから、Ⅰ-Ⅲ-Ⅵ2と書かれることもあります。また元素名の頭文字をとって、CIS半導体と呼ばれることもあります。Ⅰ族としては他に銀(Ag)などもあり、Ⅲ族にはGa、Ⅵ族にはSやTeを用いるいろいろな変化があり得ます。
このⅠ-Ⅲ-Ⅵ族化合物半導体のことをカルコパイライト系半導体ということもあります。カルコパイライト(Chalcopyrite)というのもあまり聞き慣れない語ですが、これは黄銅鉱という鉱物の名前です。この黄銅鉱はCuFeS2が主成分で、CISのInがFeに置き換わった物質であるのが分かります。ここからCISをカルコパイライト系半導体と呼んでいるわけです。
なお、CISのバンドギャップエネルギーは約1eVで、太陽電池としての最適値1.4eVよりかなり小さい値です。そこでバンドギャップエネルギーを大きくするためにInの一部をGaに置き換えたCu(InxGa1-x)Se2の方が最近は一般的です。これを略してCIGSと呼ぶことがあります。
この一風変わった材料が初めて太陽電池に応用されたのは1970年代半ばのことで、アメリカのベル電話研究所によって太陽電池が試作されています。ベル研究所の研究は単結晶を使ったものでしたが、すぐに多結晶薄膜化の検討が始まりました。ボーイング社による研究はその代表的なものです。特許(1)はそれまでの研究の背景なども詳しく書かれており、文献として貴重なものです。なお、この日本特許に「黄銅鉱」という語がたびたび出てきますが、これは上記のように原文の「カルコパイライト」が訳されたものです。
図42-1はCIS薄膜太陽電池の構造ですが、この構造はその後も基本的に変わっていません。絶縁性基板にはここではアルミナが使われていますが、ガラスでも構いません。基板の上に金属電極を設けます。材料としてはCIS膜とオーミック接触するモリブデン(Mo)がよく使われます。絶縁性基板の替わりにMoの金属板を基板とし、電極を兼ねてしまう例もあります。その上にp型CIS薄膜とn型CdS薄膜でヘテロpn接合が形成されます。CdS膜表面に格子状の金属(Alなど)の電極と反射防止膜(SiO2など)を着けます。
CIS系の膜の多くはn型にもp型にもなります。pnの導電型の制御はドーピングではなく、組成中のCu成分(CuとInの組成比)によって行えるようです。Cuが過剰の場合p型、不足の場合n型になるとされています。一方、CdSはn型しかできませんので、p型のCISと組み合わせてpn接合を作ることになります。
CdSはCISよりバンドギャップエネルギーが大きく、窓層としてはたらき、太陽光はCIS膜で吸収されて光電変換されます。CdS層をバッファ層と慣習的に呼ぶことがあり、どこにpn接合ができているのか戸惑うことがありますが、CIS/CdS接合がヘテロpn接合を形成しています。このヘテロpn接合構造は前項のCdS/CdTe系太陽電池と似た構造です。得られた太陽電池の変換効率はこの段階ですでに10%近くになっており、薄膜太陽電池としては高い効率が期待されました。
CIS膜の成膜法は基本的に真空蒸着法です。CIS層は原料としてCu、In、Seを別々に加熱して蒸発させる多元蒸着法が用いられます。この材料では太陽電池の性能が膜の性質によって強く影響されるので、膜の作り方がかなり重要です。細かい説明は省略しますが、各原料を蒸発させる量を微妙にコントロールする必要があります。
その他、図42-1に示すセルの全構成層を連続的に大気に曝すことなく成膜することが可能です(1)。
アメリカではこの後、アルコソーラー(ARCO Solar)社がCIS太陽電池の開発、製品化を力を入れて行いました。セルそのものだけでなく、集積型のモジュールの開発も行っています。モジュールの構造や作り方は基本的にはアモルファスSiのモジュールと同じです。アルコソーラー社はその後、シーメンス・ソーラー(Siemens Solar)社となり、CIS太陽電池を製品化しました。
このアルコソーラー社は多元真空蒸着法とは少し違った方法を開発しました(2)。この方法は、CuとInの2層膜をスパッタリング法などでまず基板上に着けます。つぎに高温でSeを含むセレン化水素(H2Se)などを流して反応させると、CIS膜ができるというものです。最初のCuとInの膜の厚さによってCIS膜の組成がコントロールできるという特徴をもっています。
その後、多くの企業が開発を手がけ、とくにCIS膜の作り方についてもいろいろな検討がなされました。その結果、薄膜太陽電池ではもっとも高い18%台の変換効率も報告されています。日本では1990年代になって松下電器社などを中心に多くの会社がCIS太陽電池の開発に加わりました。現在、昭和シェルソーラー社がCIS太陽電池のモジュールを販売しています。
(1)アメリカ特許US4335266号(対応日本出願:特公平05-057746号)
(2)特開昭62-20381号
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