光デバイス/太陽電池

36.シリコン系薄膜ヘテロ接合太陽電池

 シリコン系薄膜太陽電池の接合構造についてもう少し話を続けます。表題にヘテロ接合と書きましたが、前項で紹介したアモルファスSiとアモルファスSiCを積層したものなども材料が異なり、光学ギャップも異なる半導体の組み合わせですからヘテロ接合と言えます。

 ここで取り上げようとしているのはこれとは違い、アモルファスと結晶の組み合わせです。材料が同じシリコン同士という意味ではヘテロ(異種)ではないように思えますが、これまで説明してきたように、結晶のSiとアモルファスSiでは光学的な性質が大きく異なります。結晶Siのバンドギャップは約1.1eVですが、アモルファスSiの光学ギャップは約1.8eVです。

 そこでアモルファスSiを光の入射側の層にし、結晶Siを裏面側に配置した太陽電池は広い波長範囲の太陽光を電気に変換でき、効率が向上することが期待されます。このことは早くから気付かれていて、1980年代の初め頃には特許も出されています(1)(2)

 図36-1に素子構造の例を示します(2)。この構造はp型結晶Si基板の上にn型アモルファスSi層が積層されていて、ヘテロ接合面が形成されています(その後は逆にn型基板とp型薄膜の組み合わせの方が一般的になっています)。図36-2はこの接合構造のエネルギーバンドの概略図です。厳密にはアモルファス層はこのように単純に描いてはいけないのかもしれませんが、このヘテロ接合の光学的な特徴はこの図のように入射側の光学ギャップが広い(大きい)ことです。

 電極構造は表面側が透明導電膜とその上の金属の細長い集電極からなっています。裏面電極は光が到達しないのでベタの金属電極です。このような電極構造は基板が光を通さない単結晶や多結晶の太陽電池と同様となっています。 

 しかしこのようなヘテロ構造を実際に作るには難しい問題がありました。単結晶または多結晶のSi基板の上にアモルファスSi薄膜を積層すること自体はガラス基板/透明電極上に成膜するのとさして変わらないのですが、問題は結晶SiとアモルファスSiの界面が接合として使われることです。結晶の上にアモルファス膜を着けるのはエピタキシャル成長とちがって界面に欠陥が多くなりやすいという問題があります。接合部に欠陥が多いと折角発生した電子と正孔がそこで再結合してしまい、電流として十分取り出せなくなります。

 この問題に対する解決策は三洋電機社によって1990年に提案されました(3)。それは結晶とアモルファス層の界面に薄い真性(i型)アモルファスSi層を入れるというものです。層の厚みは25nm以下とされ、数nmのところで変換効率が膜のないときに比べて1.5倍近くに増加しています。p型やn型にするための不純物が界面にできる欠陥の原因とみると、薄い不純物を添加しないアモルファスSi膜を間に入れることで問題の解決が図れると考えられます。想像ですが、このような薄い膜ならばエピタキシーに近いことが起きているのかもしれません。

 この構造はその後、HIT構造と呼ばれるようになりました。”Heterostructure with Intrinsic Thin-layer”の略で「薄い真性半導体層をもつヘテロ構造」という意味です。i型アモルファスSi層は非常に薄いので、pin構造のi層としてのはたらきはなく、電子はトンネル効果によってこの層を透過すると考えられます。HIT構造は結晶SiとアモルファスSiがつくるヘテロpn接合と考えられます。

 さてこのHIT構造は変換効率は優れているのですが、基板が単結晶または多結晶のためコスト面では薄膜型の良さが失われてしまいます。そこでコストを引き下げるためには少しでも基板を薄くしたいところです。ところが基板を薄くすると、電極金属などはシリコンと異なる熱膨張係数をもっているため、基板に応力がはたらき反りが発生するという問題が出てきます。

 そこで考えられたのが、Si基板を中心に積層構造を対称にすることです。図36-3がその構造を示しています(4)。n型Si基板を中心に上側がHIT構造太陽電池の機能部です。基板上にi型アモルファスSi層、p型アモルファスSi層、透明導電膜、金属電極が積層されています。下側の各層は上側と原則対照に作られますが、下側にはpn接合は必要なくn型アモルファスSi層はBSF層の役割を果たします。

 上記の構造がHIT構造として完成した基本構造です。実際にはさらにいろいろな改良がなされています。

 このHIT構造太陽電池は化合物半導体を使ったものなど特殊なものを除けば、現在もっとも変換効率の高い太陽電池です。三洋電機社が2009年に世界最高の変換効率23%を達成したと発表し注目されました。シリコン太陽電池の理論変換効率は27%程度ですから、もうほとんどそれに迫るところまで来ているといえます。

(1)特開昭57-60875号

(2)特開昭59-175170号

(3)特開平4-130671号

(4)特開平10-135497号