産業/特許
12.国際出願と広域特許<法律><調査>
一つの発明を複数の国に出願した場合、パリ条約によれば各国に出願された特許は独立に審査されます。しかし先行技術の調査資料は概ね同一であり、これを各国の特許庁が重複して調査することになります。また出願人は各国の定める様式にしたがって出願しなければなりません。
世界で出願様式、審査方法を統一すれば、このような無駄が省け効率的になると期待されます。このようないわゆる世界特許の考え方と期待は以前からあったと思いますし、これに向けての努力もされてきたと思いますが、まだ途は遠そうです。ただそれへの一歩として、特許協力条約(Patent Corporation treaty、略してPCT)という国際条約が結ばれ、国際出願(俗にPCT出願といいます)という制度が1978年から開始されています(特許法184条の3~)。以下ではこれの説明をします。
このPCTでは、この条約に加わっている締約国(同盟国とは言いません)の国民は、受理官庁と呼ばれる世界にいくつかある窓口に国際出願として1つの出願をすれば、それは国際事務局に通知され、それによって希望する国(締約国の範囲ですが)すべてに対する出願として認められます。ですから自国に出願し、それに基づく優先権を主張して各国にそれぞれ複数の出願するよりは出願は楽になります。この出願は国際出願として出願から1年半を経過すると出願公開されます(国際公開といいます)。
しかし審査は国際的に一括して行われるわけではなく、各国がそれぞれ独自にすることになります。権利を取得したい国に対しては出願から2年半後までにその意志を伝え、必要なら翻訳文を提出するなど手続きをとる必要があります。
日本からの出願は日本語または英語ですることができます。日本語の場合の受理官庁は日本の特許庁です。英語の場合はヨーロッパ特許庁となります。国際出願には2つの方法があります。最初から1件の国際出願をするのが一つです。普通は自国も出願国の一つに指定します。もう一つは自国へは国際出願でない普通の国内出願をして、それからその優先権主張をして国際出願を1年以内のするという方法です。日本からの出願ならば、日本への出願を指定して国際出願してもよいし、日本への出願は普通の国内出願にして、外国出願だけ国際出願にしてもよく、どちらでも選ぶことができます。
国際出願の実例をみながらもう少し説明しましょう。日亜化学社の外国出願のなかにPCT出願の例があったので、これを見てみます。国際公開99/005728号です。特許情報プラットフォームで番号照会を行います。発行国・地域/発行機関の欄のチェック印をクリックし、選択肢のなかからWIPO(WO)を選びます。番号種別は国際公開番号(A)に変わるはずです。番号欄はいくつかの形式が使えます。ヘルプを参照して確認します。99-005728がもっとも簡単です。頭にWOを付けることもできます。99は西暦年で4桁の1999でも大丈夫です。その後はスラッシュではなくハイフンにします。これは必須です。その後は必ず6桁にするように頭の0は省略しないようにします。これで照会ボタンを押します。
PDF表示にして代表文献番号をクリックすると、国際公開公報の1ページ目が表示されます。国内の公開公報とは大分形式が異なります。
一番上に「世界知的所有権機関」とあります。これは英語では”World Intellectual Property Organizasion”で”WIPO”と略称されます。その下に「国際事務局」とあってここがPCT出願の事務を行っています。そして左上にPCTと書かれ、「特許協力条約に基づいて公開された国際出願」とあり、これが国際公開公報であることを示しています。PCT出願も出願から1年6ヵ月が経つと公開されます。優先権主張した場合は優先日から1年6ヵ月です。PCT出願の公開番号は、枠内右上に示されているように頭にWOがつき、そのつぎの2桁の数字は公開年を示す西暦の下2桁です。4桁の場合もあります。この後スラッシュ”/”があって通し番号となります。
左側2番目の欄には上から国際出願番号、国際出願日、優先権データが書かれています。国際出願番号はPCT/JP98/03336となっていますが、この公報が日本語であることから分かる通り、この出願は受理官庁を日本特許庁として行われていますので、それを示すJPの文字と出願年の西暦下2桁の98があります。日本からPCT出願を行う場合は日本語で出願できますから本文は日本語のまま公開されます。これは急ぎのときなどには大変助かりますが、いずれは翻訳文を作成しなければならないことに変わりはありません。
本件の国際出願日は1998年7月27日です。このPCT出願は普通の日本出願に基づく優先権を主張して行われており、基礎とされた日本出願が優先権データのところに示されています。10件もの日本出願を基礎にしていることがわかりますが、もっとも早い出願日は1997年7月25日となっていますので、これが優先日となります。
余談ですが、国際出願日は1998年7月27日となっていて優先日から1年を2日過ぎています。これはいいのでしょうか。まじめに調べてはいませんが、1998年7月25日は土曜日だったはずです。期限日が特許庁の休みの日に当たるとつぎに開く日まで最終日が延びます。この場合、27日の月曜日まで期限が延びたわけです。
右側の欄の下の方に指定国という項目があります。これがこの国で権利を取りたいと指定された国を示します。オーストラリア(AU)、カナダ(CA)、中国(CN),米国(US)の4カ国と欧州です。その下に添付公開書類とあって国際調査報告書と書かれています。国際出願では先行技術調査が基本的に全出願に対して行われ、国際調査報告書(サーチレポート)というものが出されます。これも言語の関係で受理官庁が行います。一番上の欄の真ん中にA1とありますが、この公報にサーチレポートが付いていることを示しています。最終ページに飛んでみると、サーチレポートが日本語と英語で付いています。
このサーチレポートがもらえるのがPCT出願のメリットと考える向きもあります。確かに自分の出願について公的機関が調査してくれるのですからありがたいわけです。この他に最近はあまり利用されなくなっているようですが、もう少し踏み込んだ調査をやってくれる国際予備審査という制度もあります。こちらは請求しなければやってもらえませんし、有料です。しかしこれらの調査結果は各国が行う審査には無関係です。日米欧の特許庁は、自国の審査においてこれを参考にはすると思いますが、独自の調査によって審査の結論を出します。
ところで以上の例は日本からの日本語PCT出願です。外国から日本を指定したPCT出願をする場合、最初の出願は英語であったり、ドイツ語であったりします。これらはその言語で国際公開されますが、日本での審査を受けるためには、日本特許庁に日本語の翻訳文を出す必要があります。この翻訳文が出されると日本では公表特許公報という公報を出します。これが特表平・・・とか特表・・・と呼ばれる公報で、普通は外国からの出願です。公表公報の場合、通番の頭の桁(10万の桁)を5にして公開公報と区別しています。
また、日本語で出願された国際出願は日本語の国際公開公報が出るので読む分には問題がないのですが、この場合も再公表特許というものが出ます。国内出願の公開公報と似た形式ですが、番号は国際公開番号と同じでWO・・/・・・となります。これは法律で定められた文書ではなく、正式な公報ではありません。なぜこれが出されているかというと、国際公開公報はWIPOの国際事務局が発行するもので、外国特許の扱いになり日本の特許庁のデータベースに収録されず、日本の分類も付与されません。このため特許情報プラットフォームでの検索してもヒットしません。これでは困るので特許庁発行の再公表特許を作成しています。
ここでもう一度上記の国際公開公報をみると、締約国の一覧表が出ています。国名はJPとUSといったように略号で示されています。その中でEP、EA、OA、APの4つはその後にカッコ付きで複数の国が示されています。この4つの国のグループは広域特許を示しています。EPはヨーロッパ、EAはユーラシア特許といって旧ソ連圏の国、OAとAPはアフリカの国々です。日本にとって重要なのはやはりヨーロッパですので、ヨーロッパ広域特許について少し説明しておきます。
ヨーロッパの広域特許制度は1977年に発効したヨーロッパ特許条約によっています。時期的には特許協力条約と重なっています。この条約に加盟する国の国民はヨーロッパ特許庁(ドイツ、ミュンヘン)に1件の出願すれば、指定した加盟国で特許権を取得できます。これら加盟国のそれぞれには直接出願することも可能で、どちらの特許権も同じ効力をもちます。
ヨーロッパ特許制度は国際出願の制度とよく似ていますが、異なる点はヨーロッパ特許庁は審査まで行う点です。国際出願と同様の形式のサーチレポートが公開され、審査請求がなされた案件については審査のうえヨーロッパ特許として特許権が与えられます。ただし各国はこのヨーロッパ特許の特許権を無効にする権限をもち、また侵害行為についても各国が判断する権利をもちます。これがヨーロッパ特許の特徴といえ、「国内特許の束」と呼ばれます。
前項の例にもヨーロッパ特許があります。ヨーロッパ特許は出願、公開、特許の各段階で番号が変わらないのが特徴で、末尾のAやBなどの記号で区別されます。
前項の例に挙げた特許2540791号のファミリーにもあるヨーロッパ特許がこれです。