産業/特許
11.外国への出願と優先権<法律><調査>
特許権は基本的に国ごとの権利です。各国ごとに法律があって、発明にその国の国内で有効な権利を与えます。したがって例えば日本でだけ特許権をもっていても他の国に効力はなく、特許権が登録されていない国で発明品を製造して販売しても問題ありません。
このため外国で特許権に基づいて事業をやりたい場合にはその国でも特許権をもつのが望ましいことになります。もちろん世界中のすべての国に特許を出願するのは現実的でありません。一般には競合する有力な企業がある国、市場の大きい国などを選ぶことになります。
これまで見てきた特許2540791号を例に外国への出願をみてみましょう。この特許を照会したページで右側に「OPD]というボタンがあるので、それをクリックします。
「OPD」とはワン・ポータル・ドシエ(One Portal Dossie)だそうですが、あまり馴染みのない言葉です。ドシエはフランス語由来の語で「関連書類」といった意味のようです。OPDは「関連書類一覧」といった意味でしょうか。
8件の特許の一覧表が表示されます。この一群の特許を「ファミリー」と呼びます。一番左側の欄の「国・地域コード」を見ると、上3件はJPでこれは日本出願で、一番上がここで取り上げている特許2540791号です。出願番号、出願日、公開番号、登録番号が掲載されています。2番目と3番目は日本出願ですが、登録にはなっていない案件です。外国出願の場合にはよくあることですが、複数の日本出願をまとめて外国へ出願することができます。国内出願に比べて外国出願は労力と費用がかかりますので、このようにまとめて件数を減らすことが行われます。前項で触れた1出願1発明(単一性)の考え方は他国にもありますが、国によって考え方が違うので注意が必要です。
4番目はEPとなっていてこれは欧州(ヨーロッパ)出願です。ヨーロッパも各国で特許を取得できますが、欧州連合に加盟する国については地域全体で権利を取得できる仕組みができています。これについては後でもう少し説明します。
5,6番目のUSはアメリカ合衆国です。2件目は日本でいう分割出願に当たります。アメリカは公開番号が記されていません。これは以前は公開制度がなかったためです。 アメリカの特許制度は多くの国の制度と異なっていることが多かったのですが、近年大分国際協調が進んできて、公開制度も2000年11月29日出願以降の案件に例外はあるものの適用されるようになりました。
7,8番目のDEはドイツです。ドイツだけ直接出願したのでしょうか。この意味はよくわかりません。
さて、外国への出願は各国ごとに任せてしまうと一々国家間で協議して手続きを決める必要があり不便です。そこで国際的な決め事を条約で定め、それを批准する国の間ではその条約にしたがって手続きをするようになっています(特許法43条)。
もっとも基本的な条約は工業所有権の保護に関するパリ条約です。明治時代の1883年に結ばれた条約で非常に多くの国が加盟し現在も有効です。この条約はごく基本的な考え方を定めたもので、重要な点は以下の3点です。
第1点は同盟国の国民も自国民と同一の保護を受けられなければならないということです。つまり外国からの出願だからといって不利になる扱いをしてはいけません(パリ条約2条)。第2点は同一の発明について取得した特許は国ごとに独立であることです。審査や訴訟の結果が国によって違うこともあり得ます(同4条の2)。そして第3点が優先権です(同4条)。この優先権は手続き上も重要ですのでこれについて具体例に沿って以下に説明します。
上記のOPDの表で例えばアメリカ出願の出願日をみると、1992年11月2日となっていて日本出願が1992年1月前後であるのに対して10ヶ月ほど遅れています。このように最初の自国出願から外国出願までは1年以内であれば、出願日は最初の出願日と見なされるというのがパリ条約の優先権の規定です。出願日とみなされる日を優先日と言います。
これは自国出願に比べて外国出願は翻訳をしなければならないこともあり、手続きに時間がかかるため、同時出願を義務にするのは難しいということがあります。このような意味から遅れて出願する分も最初の出願の範囲内でなければいけません。しかしもし新しい事項が加えられた場合もそれで拒絶になるわけでなく、優先日が無効になって現実の出願日がそのまま出願日になります。またこの例のように複数の出願を1件にまとめたり、1件の出願の一部だけを外国出願することが可能です。出願する際には、優先権証明書という自国特許庁が発行する証明書で確かに元の出願が存在することを証明する必要があります。なお、特許の存続期間は後の出願日から20年となります。
以上の流れをまとめたのが図11-1です。審査請求以降は通常の国内出願と同様と考えてよいと思います。
US5306662号を開いてみましょう。テキスト表示の場合、書誌事項の項目は日本語で示されています。「優先権主張番号」というのは日本出願の出願番号に対応する番号です。「優先権主張日」が各出願日です。ここでは4件の日本出願に対して優先権を主張しています。表の日本出願より1件多い理由は後で説明します。
PDF表示にすると特許公報が表示されます。1ページ目の[30] Forein Application Priority Data が優先権主張の日本出願を示しています。アメリカ特許の場合は2ページ目からまず図面が示され、請求項(クレーム)は最後に示されます。クレームは8項になっています。
<国内優先権> 優先権について一つ付け加えます。優先権は国を跨いだ出願に適用される制度ですが、日本では国内でも同様な制度を導入しています。これを国内優先権と言います(特許法41条)。最初の出願から1年以内であれば優先権を主張して出願をし直すことができます。もちろん外国出願のように同一の出願を繰り返しても意味がありません。実際には補正と同じように請求項を変更(追加)したり、誤記を訂正したりするのに使われます。補正の場合は新規事項を追加すると拒絶理由になってしまいますが、国内優先の場合は新規に加えられた請求項はその項だけ出願日を優先日まで遡らず後の出願日にするという処置になります。図11-1で第1国、第2国とも日本としたのが国内優先権主張をした出願となります。
特許2540791号の経過情報の出願情報をみると、4番目に「国内優先権記事」という項目があり、特願平03-321353、(優先権)主張日1991/11/08と書かれていて、この件も国内優先権が主張された案件であることがわかります(この場合は後の出願が2ヶ月足らずで出願されています)。国内優先権の場合の先の出願は取り下げたと見なされ、公開されることはありません(閲覧を請求することはできます)。ここでみる限りでは後の出願(公開公報)のどこが修正されたかはわかりません。後の出願の公開は先の出願から1年半後となります。
先ほど、アメリカ出願の優先権主張が4件の日本出願になっていましたが、その1件目はこの国内優先権の先の出願に相当します。これも外国の出願に際しては優先権を主張することになります。しかし外国出願の優先権主張はこの最初の出願に対してとなり、ここから1年以内となります。
「優先権」とは、英語で言うと”Right of Priority”で、プライオリティとは先に出した人の権利という意味で、学術論文を最初に出したのは誰か、というときなどに使います。特許の世界では、優先権という訳語はもう長く使われて定着していますが、初めて聴く人には違和感があるのではないでしょうか。現代の日本語では優先と聞くと、例えば「仕事に優先順位を付ける」とか「何にもまして優先してやります」とか、いろいろあるなかで何を選択するかという意味に捉えることが多いように思います。しかし特許の優先権というのは読んで字のごとし、先が優るという時間的な意味です。大事なものを選んで先にするという行為の意味とは微妙にちがうような気がします。例えば「先出願権」という語があるかどうか分かりませんが、意味はそういうことのように思います。
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