産業/特許
10.その他の諸制度<法律>
前項までで特許2540791号を例に、特許が審査を経て登録に至る過程を概観しました。ここまででまだ話題にしきれていない点をいくつか取り上げておきます。
(1)審判と訴訟 前項では無効審判の話をしましたが、特許庁の審判にはいくつかの種類があります。無効審判は第三者が特許権を無効とすることを求めるものです。もう一つ比較的よく請求されるのが、拒絶査定不服審判です。前項の例は特許査定となりましたからよいのですが、拒絶理由通知書に対して意見書で反論したり、補正を行っても(複数回やりとりが行われることもある)、拒絶理由が解消できていないと審査官に判断されると、拒絶査定となります。出願人がこれに納得できない場合は、審判を請求することができます。これが拒絶査定不服審判です(特許法121条)。これは出願人が請求するもので、必要ならさらに補正を行うこともできます。 このほかにも何種類かの審判がありますが、省略します。これらの審判の審決に納得できず、不服がある場合も当然あります。無効審判の場合は、第三者と特許権者の双方が、拒絶査定不服審判の場合は出願人が、審決に不服の場合は司法に訴える、すなわち訴訟を起こすことができます(特許法178条)。審判を経ているので第1審はなく、知財高裁に訴えることになります。拒絶査定に対する不服を訴える流れを図10-1に示しました。 なお、特許権の侵害、つまり特許権をもつ人がいるにも関わらず、無断でそのものを製造して売ったりした場合は、これは特許庁の話ではなく、裁判所に訴えることになります。この場合は地方裁判所に提訴します。もちろんいきなり裁判ではなく、警告したり話し合ったりしても話がまとまらない場合には、という話です。
(2)異議申立て(特許法113条) 前項で説明したように特許2540791号に対しては無効審判とは別に特許異議申立がなされました。この特許異議申立制度は変遷の激しい制度です。最初は公告制度に対応するもので、公告に対して異議を申し立てる制度でした。この公告制度は廃止されましたが、異議申立制度は存続しました(1996年以降)。特許登録がなされた後にでも特許公報発行から6ヶ月以内であれば異議を申し立てられる制度でした。しかし前項で説明したような無効審判と似た制度であることから、両方は必要ないのではないかとの意見が強まり、廃止されることになりました。しかし無効審判は特許権者と一対一で争わなければならない難しさがあり、これより楽な異議申立制度の復活を望む声が根強くあったため、2014年になって再び特許異議申立制度が復活しています。異議申立ての流れは前項図9-1に示しました。
(3)情報提供 前項の特許2540791号の経過記録をもう一度見て下さい。拒絶理由通知が出される前に刊行物等提出書という文書が提出されています。これは何かというと情報提供という制度によるものです。公開公報をみてこれが特許になると困ると思った人は拒絶に役立つ文献などを特許庁に提供することができます。匿名でも可能です。審査官がこれをどう扱うかは自由です。審査官が見つけにくい有力な資料が提出できるならば意味があります。なお、この制度は法律に定められたものではなく、施行規則に規定されています。
(4)分割出願(特許法44条) 特許2540791号を照会した画面で、右端に「分割」というボタンがあります。これをクリックすると、この特許番号から下向きの矢印があり、第1世代、出願 平07-310804との記載があります。この番号をクリックすると、特開平08-213656の経過記録が表示されます。特許願を開くと【特記事項】の欄に「平成5年改正前特許法第44条第1項の規定による特許」とあり、【原出願の表示】の欄に特許2540791号の出願番号が記されています。公開公報には「分割の表示」として「特願平3-357046の分割」と記されています。これが分割出願であることを示しています。
明細書を開くと、【発明の名称】は「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」で現出願とは異なります。請求項は1つだけで次の通りです。
【請求項1】 気相成長法により、基板上に、少なくともn型窒化ガリウム系化合物半導体層と、p型不純物がドープされた窒化ガリウム系化合物半導体層とを成長させた後、全体を400℃以上の温度でアニーリングすることにより得られた、少なくとも一つのp-n接合を有する窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。
このようなp-n接合による発光素子は原出願の実施例に記載されていましたが、発光素子についての請求項はありませんでした。このように一つの出願に書かれていた発明を2つ以上に分けて出願し直すことができ、これを分割出願と言います。
この分割出願は原出願に拒絶理由通知が来た後に出願されています。原出願のp型GaNの製造方法はp-n接合を作って発光素子を作ることを目的にしたものですから、それも併せて請求項にしておいた方がよいと出願人は考えたのでしょう。しかしこの時点で新たな出願をしても、原出願が公開されているのでそれが先行技術になって特許にすることはできません。このような場合に分割出願は有効です。分割出願は原出願の出願日に出願したとみなされますので、原出願によって拒絶されることはなく、後になって原出願にはなかった請求項を設けることができます。ただしその根拠は明細書に記されていなければなりません。
また単純に原出願の請求項の一部を文字通り分けて分割出願とすることができます。前々項の拒絶理由のリストには入れませんでしたが、1件の特許には複数の関係の無い発明を入れてはいけません。1件の出願には単一の発明しか入れることができないということです。単一の発明であるかないかの判定は単純でなく難しいところがありますが、審査で単一性が無いと指摘されることがあります。この場合、審査官は1つの発明とみなした請求項のみを審査して他は審査しないことになります。審査されなかった請求項については単一性があると反論してもいいですが、リスクがあるので、通常は削除します。しかしこれも上の場合と同じで新たな出願にしても先行技術があるので特許にはなりません。そこで分割出願が用いられる場合が多いです。
単一性のある場合でも、一部だけ拒絶理由がないとされ、他は拒絶理由が示されるという場合があります。このとき拒絶理由に対処してもしそれが認められないと全部が拒絶になりますし、対処している間に時間もかかります。そこでこういう場合は拒絶理由のある部分を削除して原出願を特許にし、削除した部分を分割出願してじっくり対処するという場合にも分割出願は有用です。
(5)変更出願(特許法46条) 上記の分割出願は願書に誤記があったせいでしょうか、理由ははっきりしませんが、審査請求はされたにもかかわらず、審査されずに終わってしまいました。特開平08-213656の経過情報を開き、「出願情報」を見ると、一番下から2行目に「最終処分(変更)」という記録があります。ちょっと見逃しそうですが、これはこの出願が変更出願されたことを示しています。変更出願とは特許出願、実用新案出願、意匠出願の間で相互に出願を変更できる制度です。
特許、実用新案、意匠に加えて商標の4つが日本での工業所有権でそれぞれ別々の法律があります。このうち商標を除く3つの間で、一旦どれかに出願した案件を他へ変更できます。この例では上記のように変更とだけ書かれていて、変更先の情報は書かれていません。ここでの例は意匠(デザイン)には関係がないので、特許から実用新案への変更と思われますが、変更先については記載がありません。
そこで出願が行われた1997年という期間と発明者を使って検索してみたところ、実用新案登録3038806号が見つかりました。変更出願というのはあまり利用されていないと思われます。この件もなぜ変更出願になったのか理由ははっきりしません。実用新案制度についてはこれまで触れていませんでしたので、以下で簡単に説明します。
(6)実用新案 実用新案は特許と似た制度ですが、特許より簡単な発明(考案という)を対象にしています。日本がまだ発展途上にあった時代にはこのような制度は必要でした。当初はほとんど特許と同じように公開制度もあり、審査も同じように行われていました。ところが平成6年(1994年)に実用新案法が改正され、審査がなくなってしまいました。出願すればすべて登録になります。上記の例の実用新案登録も1997年の出願ですからこの例です。また存続期間は出願から6年と短くなりました。もし侵害事件が発生した際には、無効審判によって改めて権利が有効かどうか審理がされます。
かつては比較的単純な考案を出願でき費用も安かったので、利用価値があり出願件数も多かったのですが、特許庁での審査は特許と同じように労力を要していました。同じような制度は先進国ではドイツ、フランスなどわずかな国にしかなく、工業国として発展した日本で必要性が薄れたと言えます。廃止されるのではないかと言われてきましたが、審査をしない形に制度が改正されました。新しい制度になってからは人気がなくなり出願件数は激減したようですが、25年を経ても制度は存続しています。