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5.化合物半導体のエピタキシャル成長法-MOCVD法-<技術>

 特許2540791号は、p型の窒化ガリウム系化合物半導体の結晶薄膜を成長させる方法に関する発明、気体原料を反応させて成長させる方法に関する発明を内容としていることがわかりました。もう少し詳細をみていくことにします。なお、発明の名称は「窒化ガリウム系化合物半導体」となっていてGaAlNなどの混晶も対象として含むように書かれていますが、以下では簡単のためにGaNを対象として説明します。

 GaNは単純な化合物ですが自然界には存在せず、この特許の出願時1991年には青色発光が可能な半導体材料として知られてはいたものの、半導体デバイスとしての使用に耐える品質の結晶はまだできていませんでした。とくに半導体デバイスとして必要なp型、n型のうち、p型を作ることが困難という決定的な問題がありました。

 この特許ではどのような方法でGaN結晶膜を成長させているかというと、【従来の技術】のところにGaの原料としてトリメチルガリウム(TMG)、Nの原料としてアンモニア(NH)を用い、1000℃前後に加熱したサファイア基板表面にこの原料を供給してGaN結晶を成長させると書かれています。この方法での結晶成長が発明の前提になっていることがわかります。

 結晶の成長には様々な方法が知られていますが、トリメチルガリウムという有機金属化合物を原料にするこの方法は有機金属気相成長法(Metal Organic chemical Vapor Deposition,略してMOCVD法)と呼ばれています。なお、MOVPEまたはOMVPEと呼ぶべきだとの意見もあります。後3文字のVPEはVapor Phase Epitaxyの略です。この方法は単なる膜の堆積法ではなく、下地の結晶基板の表面に結晶膜を成長させる方法です。このような結晶膜の成長をエピタキシャル成長と呼びます(適当な日本語の訳語はありません)。このためエピタキシャル成長法であることを名称に入れて示すべきだという意見でもっともですが、一般にはMOCVDの方が優勢のようです。この方法についてこのページの他の場所ではあまり説明していないので、ここで少し説明しておきたいと思います。

 このMOCVD法は現在、発光ダイオードや半導体レーザなどに使われるⅢ-Ⅴ族化合物半導体の結晶成長技術としてもっとも多く使われています。無機物の結晶を成長するのにわざわざ有機化合物を使い、他の方法を差し置いて優れた品質の結晶が作れるようになったのは意外で不思議な気もします。

 このMOCVD法はアメリカのロックウェル・インターナショナル社のH.M.Monasevitという人によって1968年に初めて提案されたとされています(1)(2)。GaAsやGaPなどのⅢ-Ⅴ族化合物半導体あるいはAlGaAsなどの混晶を結晶基板上にエピタキシャル成長するための方法、装置が示されています。Gaの原料はトリメチルガリウム(TMG)やトリエチルガリウム(TEG)、Asの原料としては水素化物のアルシン(AsH)、Pの原料としてはフォスフィン(PH3)などを使用しています。これらの原料はその後も変わらず使用されています。

 成長装置の基本的な構成を図5-1に示します。TMGやTEGなどの有機金属は室温で液体です。そこでこのような液体原料を気体として反応管へ送るにはバブリングという手法を利用します。容器(バブラ)に入れた液体原料中に水素ガスなど(キャリアガスといいます)を送り泡を立てることにより、原料をキャリアガスとともに反応管へ送ります。アルシンなどは気体ですからこれも水素ガスなどで希釈して反応管へ送ります。

 n型、p型を作るためには微量の不純物を添加しますが、これも原料ガスとして反応管へ導きます。n型用の不純物はⅣ族のケイ素(シリコン、Si)やⅥ族のセレン(Se)、p型用にはⅡ族の亜鉛(Zn)がよく使われます。Ⅳ族の原料は水素化物のガスの場合が多く、Ⅱ族の方は有機金属化合物が使われます。図では液体原料と気体原料を各一つしか示していませんが、必要な種類の原料を並列に配管できます。図では各原料の流れを合流させて反応管に送っていますが、別々の配管で送り反応管で初めて混合する方が多いかもしれません。

 反応に必要な原料の量は正確に制御する必要があり、原料ごとにマスフローコントローラ(質量流量制御器、MFC)をいう流量制御器を原料ガスごとに設けて、反応管に送る原料ガスの流量を制御します。原料側はキャリアガスのボンベの圧力によりガスが反応管に送り込まれ、反応管の排気側は真空ポンプで引くのが普通です。アルシンやフォスフィン、セレン化水素は毒性が強く、わずかでも大気中に漏洩すると人の生命に関わります。反応管内で反応に消費されずに残った分も大気中へ漏洩しないように除害装置へ導いて無毒化してから放出します。

 反応管は石英ガラスで作られることが多く、中に基板を搭載するサセプタと呼ばれる台座を備えます。サセプタは成長膜を均一に成長させるために回転機構を備えていることが多いと思われます。またサセプタはカーボンで作られ、反応管の外に設けたコイルからの高周波で加熱されるようにすることが一般的です。

 それではどのように結晶が成長するのでしょうか。TMGは分解しやすく、高温の基板上で分解してGa原子が遊離します。ここで重要なのが基板温度です。基板温度が適当に選ばれているとGa原子は基板表面に到達した位置から動くことができ、表面の段差部分や凹部などに落ち着くと考えられます。そこにAs原子が気中からやってきてGaと反応します。これによって平坦な表面が形成されると考えられています。

 基板温度が低いとGa原子は十分動けないので、表面を平坦にする作用がはたらかず、表面に凹凸ができてしまいます。基板温度が高すぎると、Ga原子は基板表面に留まれず蒸発してしまうので膜の成長ができません。原料の量の比率も重要です。普通はⅤ族原料を多めに供給します。基板上のⅢ族原子を残らず反応させる必要があるからです。

 なお、上記のような基板温度に設定すると、供給された原料はすべて短い時間で反応してGaAsが形成されると考えられます。もし基板温度が低いと反応が起こりにくく、原料の一部は未反応の状態で残っていることになりますから、そのようなことのない温度に設定します。供給された原料がすべて反応してしまうような状態を供給律速といい、反応が遅く原料が残っているような状態を反応律速と言います。

 MOCVD法の場合、通常は供給律速の状態で結晶成長を行いますから、原料の供給によって結晶が成長する速さをコントロールできることになります。このため原料供給量を少なくすると結晶膜の成長は遅くなります。結晶膜の成長がゆっくりであれば、原料の供給を停止して膜成長を終了する時間に多少の誤差があっても膜厚に与える影響は少なくなります。このため膜厚の制御が容易になり、非常に薄い膜の形成も可能になります。これがMOCVD法の優れた点と言えます。

<液相成長法>  比較のために他の化合物半導体の結晶成長法について少しみておきます。早い時期によく使われたのは液相成長法です。溶融した原料に基板を浸けて基板上に結晶を成長させる方法です。結晶成長の基本的方法です。これについては半導体レーザの22項で説明していますが、複数の材料を溶融した槽を並べておき、基板をスライドさせて次々に異なる材料の結晶を積層させることができる装置が使われました。この方法は良質の結晶が得られるのですが、薄い膜を得るのは難しいのが難点です。さらにGaNなどの窒素化合物は窒素の蒸気圧が高いので分解しやすく、そのままの状態で溶融するのが困難なため、この方法の適用はできません。

<分子線エピタキシー法>  もう一つMOCVD法と並んで化合物半導体のエピタキシャル成長法として知られているのが分子線エピタキシー(Molecular Beam Epitaxy、MBE)法です。この方法は反応性蒸着法の一種とも言え、高真空中で原料、例えばGaAsならGaとAsをそれぞれ別々に加熱して蒸発させ、基板上で両者を反応させる方法です。1970年に米国のベル研究所で始められた方法と言われています。

 一般の蒸着法と少し違うのは、原料を蒸発させる蒸発源をクヌーセンセル(Knudsen Cell)という特殊な容器にして、そこから蒸発した原料をビーム状にして基板に到達させます。基板上での成長機構は上記のMOCVD法と同様と考えられています。原料は単体元素とは限らず化合物でも可能です。一方を有機金属にしたMOMBE法というMOCVDと中間のような方法をあります。成長できる材料も広く、薄い膜の成長も可能です。MOCVDのように有毒ガスを使わない点はよいですが、原料をビーム状にして飛ばすため、高真空装置が必要で、MOCVDに比べると大量生産には向かず、どちらかというと研究用と言えます。

(1)H.M.Monasevit, Appl.Phys.Lett.,Vol.12, p.156 (1968)

(2)米国特許US4404265号

 

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