産業/特許

4.発明内容を知る<法律>

 つぎにいよいよ発明内容がどのように記載されているかをみていきます。発明者がなした発明の神髄を端的にまとめたのが特許請求の範囲(請求項、クレーム(Claim))ですが、その発明を詳細に説明した文書が明細書です。「明細書」は英語では"specification"です。日本語で略して「スペック」というと製品規格の意味でよく使いますが、明細書はいわば権利書である特許請求の範囲に添付する規格書、説明書のような役割の文書で、公報の大部分を占めているのが普通です。

 明細書に記すべき内容は法律(特許法)とその施行規則で決められていて、これを無視して勝手に書くことはできません。ただし明細書の様式は時代とともにかなり変化していて、この特許2540791号は、それが出願された平成3年当時に定められていた形式で書かれています。既に約30年が経過していて、形式はその後の法改正で少し変わっていますが、基本的なところは変わりありません。現在の形式については後に触れる予定です。

 まず、全体を通して、すみつきカッコと言われる【  】が、決められた項目を示していて、ここに勝手な言葉を入れることはできません。そこでこの項目に着目することにより特許の内容を追うことができます。

 最初の項目は【発明の名称】です。この特許では「p型窒化ガリウム系化合物半導体の製造方法」となっています。この項目は当然ですが、無くてはならない項目です。特許の発明のカテゴリーは3種類あります(特許法2条)。1番目は発光ダイオードとかコンピュータとかいった物に関する発明です。2番目はこのような物を生産する方法に関する発明です。3番目は物を生産する以外の方法、例えば測定方法などに関する発明です。「発明の名称」によって大体発明のカテゴリーがどれかを見分けることができますが、この特許は半導体を生産する方法に関するものと言ってよいでしょう。

 2番目の項目は【特許請求の範囲】です。そしてこの項目のなかに下位の項目として【請求項1】などがあります。この特許では請求項は4つですが、これはいくつあっても構いません。【請求項2】、【請求項3】・・・と続けます。この各請求項は特許の権利の範囲を示す項目で、勿論、必須の項目です。「特許請求の範囲」は上記のように特許の権利書に相当すると言われます。このため、少し特別の書き方がされているため、日本語としては読みにくいのが普通です。

 3番目の項目は【発明の詳細な説明】で、ここからが明細書の内容になります。現在の様式では【発明の開示】という項目名に変わっていますが、「特許請求の範囲」で権利範囲を特定した発明について、詳しく説明する部分で、ここは一般の技術文書に近い書き方がされます。この項目のなかは下位項目として【産業上の利用分野】、【従来の技術】(現在では【背景技術】)、【発明が解決しようとする課題】、【課題を解決するための手段】、【発明の実施の形態】(現在では【発明の最良の実施形態】、【発明の効果】などの項目があります。必ずしもこれらの項目をすべて書かなければならないわけではありませんが、ガイドライン的にはこれに従って書けば、論理的に書けるので、ほとんどの明細書はこのような項目に従って書かれています。

 突然この世になかった新技術が生まれるという大発明もないとは言えませんが、大方の発明には何かしらその前提になる技術があります。しかしどのような技術も完璧ではなく何か問題点を含んでいるのが普通です。発明はそのような問題点に気付き、それをを解決するためになされるという場合がほとんどです。したがって特許の明細書では【従来の技術】(【背景技術】)をまずは説明し、それがもつ問題点を【発明が解決しようとする課題】として説明します。そしてそれをどのような手段で解決したかを【課題を解決するための手段】として説明します。この解決手段がいわば発明ですが、ここでは【特許請求の範囲】に対応するようにまとめた形で書かれるのが一般的です。

 この後、解決手段を実際に適用した例を具体的に説明するのが、【発明の実施の形態】、あるいは【実施例】ということになります。ここは同じ分野の通常の知識をもった技術者(当業者という呼び方をします)が、これを読んで発明を再現する実験ができる程度に詳しく具体的な説明をする必要があります。そしてこのような解決手段を使えば、確かに従来の技術の問題点は解決できるということを【発明の効果】に書いて明細書が完結します。

 また上記の技術説明を助けるために図面を付ける方がわかりやすいので、図面を付けることができます。図番は、この特許では【第1図】、【第2図】・・・ですが、現在は【図1】、【図2】・・・となっています。また必ず【図面の簡単な説明】という項目を設けて、図面が何を表しているかについて説明します。また必要に応じて図面のなかの記号を説明する【符号の説明】というリストを付けます。

 なお、上記は特許公報に沿って説明しましたが、一般には公開公報を見る場合が多いと思います。公開公報はまだ審査がされていない段階の文書です。一部修正されている場合もありますが出願時の文書と言えます。その後の審査によって修正(補正と言います)が生じた場合には特許公報と内容が異なることになります。補正は内容を削除する場合が多いので、公開公報の方が世の中に公開されている技術情報を知るには適していると言えます。また特許登録されなかった案件も公開公報で見ることができますから、技術情報としてみる場合は公開公報を見ることが多いと思います。

 特許情報プラットホームでは公開公報でも特許公報でもいずれかの番号で照会すれば、同じ画面から双方の文書を閲覧でき、ダウンロードもできます。特許登録番号の欄が空欄であれば、特許として登録されなかったことになります。この特許の公開番号は特開平5-183189号です。

 ここで取り上げた特許の公開公報も少し以前の形式で書かれていますが、現在の公開公報にはフロントページに要約書の内容が【要約】として記載されています。これは特許公報には掲載されません。その横に代表図面として1つの図面が掲載されます。これでフロントページをみれば、発明の技術がある程度判別できます。このようなことから技術情報として見る場合は公開公報を利用する方がよいと思われます。

 以上に沿って明細書の流れを追っていただくとわかりやすいと思います。この特許では従来の技術に窒化ガリウム(GaN)などの半導体結晶薄膜を原料となるガスから成長させる技術が説明されています。そして青色発光ダイオードを作製するのに必要なp型GaNを実現する方法に焦点が置かれています。