産業/特許

6.GaNのエピタキシャル成長<技術>

 特許2540791号は、p型の窒化ガリウム(GaN)など窒素化合物の結晶をMOCVD法によりエピタキシャル成長させる方法に関する発明を内容としていますが、【従来の技術】にはその前提となる技術が説明されています。

 GaNのMOCVDによる成長はいつ始められたのでしょうか。これは中村氏と同時にノーベル賞を受賞された赤崎勇先生が名古屋大学の教授だった時代になされたのが初めと考えて間違いなさそうです。赤崎氏は松下電器時代にGaNの発光ダイオードを作製に成功していますが、p型ができないため、絶縁体とn型GaNの界面での発光を利用したいわゆるMIS型の素子で製品化には至りませんでした。結晶成長法はMBE法、後にMOCVDではないハイドライド気相成長法という方法が用いられていました。

 名古屋大学でMOCVDによるGaN成長が始められたのが1980年前後と思われますが、間もなく天野先生が大学院生として研究に加わっています。GaAsと違ってGaNは基板となる結晶がなかったので基板としてサファイア(酸化アルミニウムの結晶)が使われました。GaNと結晶構造が同じものが選べるのが特徴ですが、格子不整合はおよそ16%もありますので、品質のよいエピタキシャル膜を得るのは困難でした。1985年にはサファイア基板上にGaNを成長する前に低温(基板温度600℃程度)でAlN層をバッファ層として着けると良質のGaN層が成長することが示されました(1)。サファイア基板を用いる場合にはこの低温成長AlNまたはGaNのバッファ層を用いる方法がその後定着しています。

 しかしこれらのGaN層にp型の不純物を添加すると半導体膜は高抵抗化するだけで抵抗の低いp型は得られませんでした。【発明が解決しようとする課題】のところをみると、天野氏らはMgを添加して高抵抗になった膜に電子線を照射するとp型が得られることをいち早く示したのですが(2)、電子線が侵入できる表面から浅い距離のみが低抵抗化するだけで層全体をp型にすることはできなかったとされます。また電子線は面内を走査して照射するため、面内均一性もよくなかったとされています。

 この問題を解決するための手段は簡単で、400℃程度の温度で熱処理を行うことでした。この際の雰囲気ガスは窒素が好ましいとされています。GaNなどの窒素化合物は高温で分解して窒素が逃げる性質があり、これを防ぐ効果があるとされています。

 具体的にどんなことをしているのかは【実施例】のところに書かれていますので、少し読んでみましょう。

 【実施例1】では、サファイア基板上に510℃で原料ガスとしてTMGとアンモニアガスを水素ガスをキャリアガスとして流し、バッファ層を20nm成長します。その後、基板温度を1030℃に上げて、今度はp型不純物Mgの原料としてシクロペンタジエニルマグネシウムを加えながらGaNを厚さ4μm成長させます。その後、基板をアニーリング装置に移し、800℃、20分、窒素雰囲気中で熱処理します。その結果、抵抗率2Ω・cm、キャリア濃度2×1017cm-3のp型GaNが得られたとされています。p型の確認はホール測定によって行えます。

 【実施例2】、【実施例4】ではMgドープGaN層の上にノンドープGaN層あるいはSiO層を積層した後、熱処理することにより、実施例1よりも発光特性に優れたp型層が得られたとしています。上層のことをキャップ層と呼んでいます。

 【実施例3】では熱処理時の窒素の圧力を20気圧とすると、これも発光特性に優れたp型が得られたとしています。

 実施例2~3の結果は、熱処理時にドープしたMgが蒸発するのを防ぐ効果があると考えられます。

  【実施例5】、【実施例6】はモノシラン(SiH)ガスを原料としてSiをn型不純物としたn型GaNまたはAlGaNとp型GaNを積層して発光ダイオードを形成し、電流による発光を確認したとしています。

 【発明の効果】では以上のようにMgをドープしたGaN層を熱処理することにより、厚み方向にも面内方向にも均一なp型GaN層が形成できたとしています。

 さてこの発明のポイントである加熱処理というのは当たり前でだれでも思い付くのではないかという疑問が湧くかも知れません。どうしてp型ができるのかについて発明者は【0023】で水素が原因であると簡単に説明しています。これは重要なことですので、少し詳しく説明しましょう。

 まず何か不純物(添加物)を入れて半導体結晶をn型やp型にするのに最低限必要なことは、純度の高い結晶がきちんとできていることです。原料となる材料に不純物が多かったりすると、後から微量の添加物を入れても効果が現れません。また結晶に乱れが多いとこれもだめです。

 GaNではこのような最低限必要なことは結晶成長技術の進化によってクリアされていて、それでもだめな理由があったからです。GaNには限りませんが、このような理由としてかなり古くから例えばⅡ-Ⅵ族化合物半導体などに対して言われていた現象に補償効果というのがあります。これは添加物を入れて正孔を発生させても、何か他の理由でそれが吸い取られてしまって電気抵抗が高くなりp型にはならないというものです。

 GaNでp型ができなかったのもどうやらこのような原因だったようで、原因は水素原子によるとされています(3)。結晶成長は水素ガスをキャリアガスとして使い、また窒素の原料はアンモニアガス(NH3)ですから水素を含んでいて、非常に水素の多い環境で行われます。水素原子はもっとも小さい原子ですから結晶のなかに入りやすく、窒素に余った結合手でもあればそこに結びついてしまいます。水素原子は1個の電子を出しやすいので、これが折角作られた正孔を食ってしまうというわけです。

 このようなことが起こっている根拠として、窒素ガス中で加熱処理すればうまくp型になるのに、水素を含むアンモニアガス中で加熱処理してもうまくいかなかったという実験結果があげられています。水素が原因なら対策はそれを追い出してしまえばよく、周りに水素がない状態にして加熱すれば水素は簡単に出て行くはずです。ただしそのとき窒素が逃げないようにしておく必要があります。そこで加圧した窒素ガスのなかで加熱するか結晶表面に何か膜を作って加熱するという発想に結びついたことが理解できます。

 以上のようにn型、p型の半導体を作るのは、いつも理屈通りにはいかないことがわかります。その物質の性質によっていろいろなことが起こり、それにうまく対処しないとうまくいってくれないようです。

 GaNの場合、n型を作るにも通常考えられる6価のセレンなどではなく、4価のシリコンがよいことがこれも天野氏らによって見出されています。Siは4価ですから3価のGaを置き換えれば電子が1個余りますが、5価の窒素を置き換えれば電子が1個足りないということになります。どちらの可能性もあるのですが、何らかの理由でGaを置き換えるようにはたらくのでしょう。この辺は個々の物質、材料によって決まる微妙なことで、理屈で予測するのは難しそうです。

 Ⅲ-V族半導体のGaAsなどではp型を作るのに使われる添加物は亜鉛がもっとも一般的です。ところがこれも天野氏らがマグネシウム(Mg)がよいことを見つけました。Mgは2価ですが、アルカリ土類金属で、周期律表では亜鉛とはちがう系列にあります。これがp型GaNを作るのになぜいいのか理由ははっきりしていないと思います。

(1)特開平02-229476号

(2)特開平02-257679号

(3)S.Nakamura, et al, Japan. J. Appl. Phys., Vol.31、Part 1、No.5A、p.1258~1266 (1992)

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