科学・基礎/結晶光学
16.結晶光学素子(その3:旋光子)

 前項、前々項では偏光子や遅相板など偏光に関する光学素子を紹介しましたが、最後に、この項では旋光子を取り上げます。

 旋光性という現象は、物質に一定方向の直線偏光を入射すると、図16-1に示すように、その物質中を進行した距離 \(d\) に依存して、偏光の方向が回転するというものです。物質に加えた外力によって偏光を回転する現象とは異なります。

 この現象は言うまでもなく直線偏光の偏光方向を一定角度、所定の方向に回転させる素子として応用ができ、これを旋光子と呼びます。

 出射側から見た回転方向によって右回りの場合を右旋性、左回りの場合を左旋性と言いますが(図は右旋性の場合を示しています)、この用語は化学の分野でよく聞くのではないでしょうか。旋光現象は分子(例えば糖類などの有機分子)の水溶液で生じ、分子構造に関する情報を与えるため、重要な特性として知られています。結晶の場合は、「でも」生じるといった感じですが、最初に発見されたのは水晶という結晶で、他の偏光に関する現象と同様に19世紀前半にはすでに見出されていました。

 旋光性は光学活性と呼ばれることもあります。旋光性は基本的に入射光の波長に対して吸収のない物質が対象ですが、吸収のある物質の場合、円偏光の方向によって吸収が異なる円二色性という性質があり、旋光性と円二色性を合わせ合わせて光学活性と呼んでいます。これらの用語には何かしっくりこないところがありますが、長い歴史があっての呼称かと思われます。

 まず定性的な説明から。これは「ファインマン物理学Ⅱ、光、熱、波動」(1)に書かれているのがよく知られています。これを簡単にまとめるとつぎのような説明になるかと思われます。

 まず、旋光性は対称性、とくに鏡映対象のない構造の分子や結晶に生じることが知られているので、対象物質のモデルとして図16-2に示すようならせん(螺旋)状の分子を考えます。この分子にy方向に直線偏光した光が照射されると、y方向の電界によって分子内の電子に力がはたらきます。しかし電子はらせんに沿ってしか動けないので、動く方向は決まっています。らせんがz軸と \(z_1\) と \(z_1 +A\) で交わっているとするとこの2つの点での電流の方向は逆方向になります。このとき \(z=z_1 +A\) と \(z=z_1\) の2つの点から発生する電界は時間で \(A/c\) のずれがあり、位相にすれば \(\pi +\omega A/c\) の差を生じます。この2点での位相差は \(\pi\) にならず、2点での電界は打ち消されません。このため入射光の電界方向はy方向であっても、分子中には僅かだけx成分の電界が残ります。これによってy軸に対して僅かに傾いた合成電界が生じることになります。これが物質中を偏光した光が進むつれ、偏光方向が回転する原因になります。

 このモデルについてもう少し数式を使って考えてみます。図16-2に示すらせん構造にy方向の電界が加わった場合、y方向に分極が生じます。また上記の説明には磁界の影響は出てきませんが、電磁波が入射すれば磁界も加わるので、らせん構造中の電子の動きには磁界の影響がさらに加わるはずです。マクスウェル方程式に戻れば磁束密度 \(\boldsymbol{B}\) と電界 \(\boldsymbol{E}\) の関係は

\[\frac{\partial\boldsymbol{B}}{\partial t}=-\nabla\boldsymbol{E}\]

です。電磁波の電界が \(\boldsymbol{E}=\mathrm{e}^{i(\omega t-\boldsymbol{k}\cdot\boldsymbol{r})}\) と書けるとすれば、上式は

\[\frac{\partial\boldsymbol{B}}{\partial t}=i\boldsymbol{k}\times\boldsymbol{E}\tag{1}\]

となります。この式から磁界の影響を考慮した分極 \(\boldsymbol{P}\) は \(\alpha\) を分極率、\(\beta\) を比例定数として

\[\boldsymbol{P}=\alpha\boldsymbol{E}+\beta\frac{\partial\boldsymbol{B}}{\partial t}\]

と書けると考えられます。さらにこのときの電束密度 \(\boldsymbol{D}\) も同様に \(\gamma\) を比例定数として

\[\boldsymbol{D}=[\varepsilon]\boldsymbol{E}-[\gamma]\frac{\partial{\boldsymbol{B}}}{\partial t}\tag{2}\]

と書けると考えられます。[]はテンソルを示します。ここで(1)式のベクトル \(\boldsymbol{k}\) を \(\boldsymbol{k}=k\boldsymbol{e}_k\) と書きます。スカラー量の波数 \(k\) は、屈折率を \(n\) 、真空中の電磁波の波長を \(\lambda\) として \(k=2\pi n/\lambda\) と表され、\(\boldsymbol{e}_k \) は9項で示した電磁波の波面の進行方向を示す単位ベクトルです。このように書き直した(1)式の \(\partial\boldsymbol{B}/\partial t \) を(2)式に代入すると

\[\boldsymbol{D}=[\varepsilon]\boldsymbol{E}+i\varepsilon_0[G](\boldsymbol{e}_k \times\boldsymbol{E})\tag{3}\]

となります。ただし

\[\varepsilon_0 [G]=\frac{2\pi n}{\lambda}[\gamma]\]

と置きました。\(\varepsilon_0 \) は以下の式を簡略にするためにあえて入れてあります。

 以上から(3)式右辺第2項がらせん構造に電子の動きが制限されているために生じる効果を意味していることになります。

 以上の議論ではまだ物質中でどのような偏光の回転が生じるかははっきりしないと思います。水晶など異方性をもつ結晶中での現象を考えるのが、この項の目的ですが、この現象は等方性の物質でも起こることがしられているので、まずは等方性物質を対象として考えることにします。

 等方性媒質では(3)式のテンソル量がいずれもスカラー量となります。媒質の屈折率を \(n_0 \) とすると、

\[\boldsymbol{D}=\varepsilon_0 n_0^2 \boldsymbol{E}+i\varepsilon_0 G(\boldsymbol{e}_k \times\boldsymbol{E})\tag{4}\]

が成り立ちます。また等方性媒質では電界と波面の進行方向は直交しますから、\(\boldsymbol{E}\cdot\boldsymbol{e}_k =0\) であり、したがって9項(11’)式から

\[\varepsilon\boldsymbol{E}=-\varepsilon\boldsymbol{e}_k \times (\boldsymbol{e}_k \times\boldsymbol{E})\tag{5}\]

が成り立ちます。そこで(4)、(5)式から

\[n_0^2 \boldsymbol{E}+iG\boldsymbol{e}_k \times\boldsymbol{E}+n^2\boldsymbol{e}_k \times(\boldsymbol{e}_k \times\boldsymbol{E})=0\tag{6}\]

の関係が得られます。当方性物質では光の進行方向によって特性の変化がないので、z方向に光が進行するとします。すなわち、\(\boldsymbol{e}_k =(0,0,1)\) とします。このとき(6)式をxyz成分に分解して行列の形で書くと

\[\pmatrix{n_0^2 -n^2 & -iG & 0 \cr -iG & n_0^2 -n^2 & 0 \cr 0 & 0 & n_0^2}\pmatrix{E_x \cr E_y \cr E_z}=0\tag{7}\]

となります。この式から \(E_z =0\) であり、電界成分がx、y成分だけの横波であることがわかります。0でない \(E_x \)、\(E_y \) が存在するためには(7)式の係数行列式が0である必要があり、この条件から

\[(n^2 -n_0^2 )-G^2 =0\tag{8}\]

が得られ、この式の \(n\) の2つの解を \(n_+\)、\(n_-\) とすると

\[n_{\pm}=\sqrt{n_0^2 \pm G} \simeq n_0 \pm \frac{G}{2n_0 }\tag{9}\]

が得られます。ただし右辺は \(G\ll n_0 \) を仮定した近似です。

 さてここで、\(n=n_+ \) のとき(7)式は

\[\pmatrix{-G & -iG \cr iG & -G}\pmatrix{E_x \cr E_y}=0\tag{10}\]

となり、\(E_y =E_x \) が得られます。これに対応するジョーンズベクトル(4項参照)は

\[\boldsymbol{J}=\frac{1}{\sqrt{2}}\pmatrix{1 \cr i}\]

であり、これは右回り偏光を表しています。対応する \(E_+ \) は

\[E_+ =\frac{E_0}{\sqrt{2}}\pmatrix{1 \cr i}\mathrm{e}^{i(\omega t-k_+ z)}=\frac{E_0}{\sqrt{2}}(\boldsymbol{e}_x +i\boldsymbol{e}_y )\mathrm{e}^{i(\omega t-k_+ z)}\tag{11}\]

となります。ただし \(k_+ =(2\pi/\lambda)n_+\)、\(E_0\) は電界の振幅です。

 一方、\(n=n_- \) のときはジョーンズベクトルが

\[\boldsymbol{J}=\frac{1}{\sqrt{2}}\pmatrix{1 \cr -i}\]

であり、この場合は左回り偏光となります。

\[E_- =\frac{E_0}{\sqrt{2}}\pmatrix{1 \cr -i}\mathrm{e}^{i(\omega t-k_- z)}=\frac{E_0}{\sqrt{2}}(\boldsymbol{e}_x -i\boldsymbol{e}_y )\mathrm{e}^{i(\omega t-k_- z)}\tag{12}\]

です。ただし \(k_- =(2\pi/\lambda)n_-\) です。

 このように2つの異なる屈折率に対して光は右回りと左回りの円偏光の互いに異なる速度 \(v_+\) と \(v_-\)で進行することになります。

 以上を踏まえて、偏光の回転が起こる理由を説明します。図16-1に示したのと同様に、z方向に厚さ \(d\) の媒体の表面(\(z=0\))に垂直にy方向に偏光した直線偏光が入射する場合を考えます。直線偏光が二つの円偏光として媒体中を進行します。その際、\(n_-\) の屈折率をもつ左回りの円偏光の伝搬速度 \(v_-\) が、\(n_+\) の屈折率をもつ右回りの円偏光の伝搬速度 \(v_+\) より大きい(\(v_- \gt v_+ \))とします。

 速度の大きい左回り円偏光が媒体裏面(\(z=d\))に到達し、その電界ベクトルがy方向を向いている時刻から \(\Delta t\) 秒後に到達した右回り円偏光の電界ベクトルがy方向を向いていたとします。この時点で左回り円偏光の電界の方向が \(\theta\) だけ回転していたとします。これは式で示すと

\[\Delta t=\frac{d}{c}(n_+ -n_- )=\frac{dG}{cn_0}\]

となります。電界ベクトルは \(\omega\) の角速度で回転するので回転角 \(\theta\) は

\[\theta=\omega\Delta t=\frac{2\pi Gd}{n_0 \lambda}=\rho/2\tag{13}\]

となります。ここで \(\rho\) を旋光の大きさを示す比旋光度と呼んでいます。

 なお、旋光子に対応するジョーンズ行列は

\[\pmatrix{\cos\theta & -\sin\theta \cr \sin\theta & \cos\theta}\]

となります。

 さてここで今度は媒体が異方性をもつ場合を場合、とくに異方性をもつ結晶である場合を考えます。

 それには(3)式に戻り、これに加えて9項の(12')式(つぎの(14)式に再掲)を用いる必要があります。

\[\boldsymbol{D}=[\varepsilon] \left ( \boldsymbol{E}-(\boldsymbol{E}\cdot\boldsymbol{e}_k )\boldsymbol{e}_k \right )\tag{14}\]

 (3)式と(14)式の右辺をxyz座標成分に分解し、9項(16)式と同様に電界 \(E_x\)、\(E_y\)、\(E_z\) を未知数とする斉次方程式を作ります。この方程式が、電界のxyz成分がすべて0という自明な解以外に意味のある解をもつためには係数行列式の値が0である必要があるので、9項と同様な計算を行います。この結果の式だけ書き下すと次のようになります。

\[\begin{align}&~~~~~ ( \varepsilon_x\mathrm{e}_{kx}^2 +\varepsilon_y\mathrm{e}_{ky}^2+\varepsilon_z\mathrm{e}_{kz}^2 )n^4 \\ &- \left\lbrace\varepsilon_x\varepsilon_y (\mathrm{e}_{kx}^2 +\mathrm{e}_{ky}^2)+\varepsilon_y\varepsilon_z (\mathrm{e}_{ky}^2 +\mathrm{e}_{kz}^2 ) +\varepsilon_z\varepsilon_x (\mathrm{e}_{kz}^2 +\mathrm{e}_{kx}^2 )-(\boldsymbol{e}_k \times\boldsymbol{G})^2\right\rbrace n^2 \\ &+ \varepsilon_x \varepsilon_y \varepsilon_z -(\varepsilon_x G_x^2+\varepsilon_y G_y^2 +\varepsilon_z G_z^2) \\&=0 \end{align}\tag{15}\]

 この式は \(G=0\) であれば、例えば9項(19)式に示したフレネルの方程式に一致し、\(n^2\) に関する2次方程式となるので、\(n^2\) について2根が得られます。10項では特定の条件のもとで、2根を求めていますが、この2根を \(n_p (1)\)、\(n_p (2)\) としました。

 それでは \(G\neq 0\) の場合の根はどうなるかというと、(15)式は

\[\left (n^2 -\lbrace n_p (1)\rbrace^2 \right )\left (n^2 -\lbrace n_p (2)\rbrace^2 \right )=G^2 \tag{16}\]

\[G=\frac{\varepsilon_x G_x^2 +\varepsilon_y G_y^2 +\varepsilon_z G_z^2 -n^2 (\boldsymbol{e}_k \times\boldsymbol{G})^2}{\varepsilon_x e_{kx}^2 +\varepsilon_y e_{ky}^2 +\varepsilon_z e_{kz}^2}\]

と書けます。(16)式の根を \(\lbrace n(1)\rbrace^2\)、\(\lbrace n(2)\rbrace^2\) とすると

\[\begin{align}\lbrace n(1)\rbrace^2 &=\frac{1}{2}\left [\lbrace n_p(1)\rbrace^2 +\lbrace n_p(2)\rbrace^2 +\sqrt{\lbrace n_p(1)\rbrace^2 -\lbrace n_p(2)\rbrace^2+4G^2 }\right ] \\ \lbrace n(2)\rbrace^2 &=\frac{1}{2}\left[\lbrace n_p(1)\rbrace^2 +\lbrace n_p(2)\rbrace^2 -\sqrt{\lbrace n_p(1)\rbrace^2 -\lbrace n_p(2)\rbrace^2+4G^2 }\right ]\end{align}\tag{17}\]

ただし、\(\lbrace n_p(1)\rbrace^2 \gt \lbrace n_p(2)\rbrace^2\) とします。\(G\) は大きな数ではないと考えられるので、(17)式の解と \(G=0\) の場合の解との差は小さいと言えます。

 この旋光現象は、これも他の偏光現象が見出された19世紀前半には発見されていますが、最初に見出されたのは水晶においてでした。水晶は二酸化珪素(SiO)の結晶で一軸性ですが、図16-3に示すように-Si-O-O-Si-O-O-Si-O-O-という配列で原子がらせん状に並んでいることが知られています。これが旋光性の原因と考えられています。

 

(1)ファインマン、レイトン、サンズ、「ファインマン物理学Ⅱ光、熱、波動」岩波書店(1968) 8-5 光学活性(旋光性)