光デバイス/OLED

8.ドープ型発光層による発光効率の向上

 「有機分子の発光の物理」9項で「一重項」と「三重項」の説明をし、一重項励起状態にあるものが基底状態に落ちて発光するのを蛍光、三重項励起状態から一重項を介して発光するのを燐光と呼んでいることを説明しています。

 イーストマンコダック社が開発したOLEDは基本的に蛍光を利用したものでした。外部から注入される電子の多くが一重項励起状態にあり、これが基底状態に落ちて蛍光を発光します。三重項励起状態になる電子もあるのですが、これがエネルギーを失う場合、多くの分子では燐光を発生せず熱エネルギーになってしまいます。

 一重項の方はスピンの方向の組み合わせは1種類のみですが、三重項の方は3種類あります。このため単純に考えると一重項と三重項の励起状態に入りうる電子の数は 1:3 になると考えられます。とすると多くの分子では 3/4(75%)の励起電子が発光に寄与せず失われることになり、蛍光のみを利用したOLEDは注入した電子、正孔のうち発光に寄与する割合(内部発光効率)が最大で 25%しかないということになります。

 この問題を解決するため、三重項すなわち燐光を利用しようという提案がアメリカ、プリンストン大学のフォレスト(S.R.Forrest)教授のグループによって1998年になされました(1)(2)

 一重項励起状態より三重項励起状態のエネルギーは通常低いので、一重項励起状態の電子は三重項励起状態に移行すること(項間移動あるいは系間移動といいます)ができますが、この場合、スピン反転を伴う必要があります。燐光を利用するためにはこのような変化が起こりやすい分子を探す必要があります。

 プリンストン大学の提案では発光層に白金(Pt)またはイリジウム(Ir)の錯体を使用しています。このような重金属を含む分子は三重項励起状態の電子がスピンを反転する確率が高くなることが知られています。これを重原子効果といいます。

 スピンは磁気の源であるため、外界の磁場に影響を受けやすく外部磁場があると状態を変えやすくなります。原子の周りの電子は自身が原子の周りの軌道にあって運動していますから、その軌道運動によって磁場を発生します。原子価の大きい原子ではこの磁場が強くなります。このためスピンに及ぼす影響(スピン-軌道相互作用)が大きくなります。このスピン-軌道相互作用が大きければスピンが反転する確率が増えると言えます。これが重原子効果です。

 さらにプリンストン大学の提案では、この燐光発生分子を単独で発光層に使うのではなく、この分子をゲスト分子として母体となる別の分子(ホスト分子)の中にドープするという考えを採っています。ドープといっても半導体におけるドープとは違って数%もの濃度で添加するものです。

 この発光機構の概略を示すエネルギー図を図8-1に示します。左側がホスト分子で、上記のように三重項励起状態に 75%の電子が入りますから、ホスト分子単独ではこれがすべて熱として失われてしまいます。

 右側に示すゲスト分子はホスト分子に比べて一重項、三重項のエネルギーはともに低く選ばれているので、ホスト分子、ゲスト分子の一重項同士、三重項同士で励起電子の系間移動が破線矢印のように起こります(この移動にはスピンの反転は不要です)。さらにゲスト分子の一重項励起状態の分子は三重項励起状態に非発光で移ります。結果としてゲスト分子の三重項励起状態にすべての電子が集まることになります。ゲスト分子は燐光の発光が可能な材料ですから、注入電子、正孔のほぼすべてが発光に寄与することが期待されることになります。

 層構造の例を図8-2図8-3に示します。図8-2の方は電子輸送材料であるAlq3(構造式:2項(d))をホスト分子とし、その層の中に 8%のゲスト分子として白金の錯体であるポルフィリン白金(PtOEP、構造式(k))を添加した厚さ10nmの薄い層を設け、これと正孔輸送層(HTL)であるα-NPD(構造式:5項(g))の層を接合した構造です。陽極のITO電極から正孔を注入し、陰極のMgAg電極から電子を注入し、電子輸送層(ETL)中で燐光を発生させるようにした構成です。

 図8-3の方は正孔輸送層であるCBP(構造式:5項(h))をホスト分子とし、その層の一部にゲスト分子としてイリジウム(Ir)錯体であるトリス(2-フェニルピリジン)イリジウム( Ir(PPy)3 、構造式(l))を 8%添加した層を設け、この両側をイオン化エネルギーが段階的に変化するようにテトラフェニルジアミノビフェニール(TPD、構造式(m))と 2,9-ジメチル-4,7-ジフェニル-1,10-フェナントロリン(BCP、(構造式(n))の層で挟んで正孔輸送層(HTL)を構成しています。これにAlq3の電子輸送層(ETL)を接合すると、図のようにLUMOが陰極側から発光層までほぼ平坦になり電子が発光層へ十分に供給されるようになります。

 ところで、5項で代表的な電子輸送材料であるAlq3はHOMOのエネルギーが -5.8eV と小さく、HOMOのエネルギーが発光層(正孔輸送材料)のHOMOの値より小さいと発光層から正孔が陰極側に流れ出やすく、発光に寄与しないで失われやすい難点をもっていると説明しました。図8-3の構成ではこの難点の改善も考慮されています。Alq3層と正孔輸送層の間にBCP層を挿入しています。このBCPは電子輸送材料の一つとされていますが、HOMOが-6.4eVであり、正孔輸送層側から正孔がAlq3層側に流れ出るのを防止するはたらきをします。このような層を正孔ブロック層と呼ぶことがあります。

(1)特表2002-525808号

(2)特表2004-506305号

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