光デバイス/OLED

7.有機発光ダイオードにおけるキャリア輸送(電極の問題)

(1)電極の仕事関数 

 OLEDの発光を効率的に起こすためには、電極からキャリアが注入されやすくする必要があります。無機半導体の場合は、電極と半導体をほぼ障壁のないオーミック接触にするという手段がとられますが、有機分子に対してオーミック接触を実現することは難しいと思われます。

 そこで基本的には電極界面に障壁ができるのは止むを得ないとし、この障壁をできるだけ小さくするように電極材料の仕事関数を選択するという考え方がとられます。

 陽極では正孔の注入を促進するために、電極のフェルミエネルギーと有機分子のHOMOのエネルギーが近いことが求められます。言い換えると電極の仕事関数が有機分子のイオン化エネルギーに近いことが求められます。一方、陰極材料は仕事関数が有機分子のLUMOのエネルギー、あるいは電子親和力に近いことが求められます。

 まず、具体例を挙げておきます。図7-1は5項で掲載したOLEDの積層構造のエネルギー図の一例です。陽極には透明電極のITOが使われ、正孔輸送層のα-NPDに接触しています。ITOの仕事関数は表面が清浄な状態では-4.7eV程度になりますから、正孔輸送層のHOMOのエネルギー-5.4eVとは0.7eVほど差があることになります。

 陰極はMgとAgの合金で、仕事関数は-3.7eV程度です。電子輸送層のAlq3のLUMOのエネルギーは-3.1eVですから、差は0.6eVほどで陽極側とほぼ同等であることがわかります。

 金属元素の仕事関数のデータは半導体デバイスの教科書(例えばS.M.Sze著"Physics of Semiconductor Devicesなど)に載っていますが、OLEDの電極に使用する金属の仕事関数については多角的に検討がなされています(1)

 陽極用の仕事関数の大きい材料を探すと、もっとも大きいのは白金(Pt)で-5.4eVですが、実際にはあまり使われていないようです。可能性があるものとしては金(Au)の-4.8eVがあります。陽極を基板側にする場合は透明なITOが有利と考えられるでしょう。

 陰極用の仕事関数の小さい材料をみると、上記のマグネシウム(Mg)は-3.6eVで確かにかなり小さい部類です。ただし酸化されやすく、抵抗率も高めのため、これを補うために上記のように銀(Ag)などを加えています。仕事関数の増加を避けるため、Agの添加量は10%ほどに抑えています。

 この他、インジウム(In)の-3.8eVも候補になります。融点が低い点は有利かもしれませんが、柔らかく機械的強度が劣るので使う場合はこれも合金化が必要と思われます。よく電極材料として使われるアルミニウム(Al)やAgの仕事関数は-4.3eV程度で少し高めになります。

 仕事関数の値を眺めていると、-3eV以下の金属があるのに気づきます。アルカリ金属のリチウム(Li)ナトリウム(Na)、カリウム(K)、ルビジウム(Rb)はいずれも-2.3~-2,4eV前後と極めて小さい値になっています。アルカリ土類金属も上記のMgの他、カルシウム(Ca)が-2.8eV、ストロンチウム(Sr)が-2.4eVと原子番号が大きくなるほど小さい値になっています。

 仕事関数が小さいことだけを追求すると、これらの材料を使うのがよいことになりますが、LiやNaなどは空気中で安定でないため、まったく実用的でありません。しかし何とかこの性質を生かしたいという発想から他の金属との合金とする試み、例えばAlLiなどの例があります(2)

(2)電子注入層

 仕事関数を望ましい値にするために、金属の選択、合金化といった手段では限界があります。電極と絶縁体の界面に改良を加えるという手段も考えられます。OLEDでは電極と電子輸送層の間に電子注入層と呼ばれる電子が注入されやすくなる層を挿入する方法が提案されています。具体的にはLiの化合物を陰極と電子輸送層の間に挟んで電子注入層とすることが行われています。

 イーストマンコダック社は図7-2(b)のように電子輸送層Alq3とAl電極の間にフッ化リチウム(LiF)層を電子注入層として挿入すると、AlやMgAg単独の電極の場合(図7-2(a))より低い駆動電圧で高い発光効率が得られることを示しています(3)(4)。しかしなぜそのような結果が得られるのかについては明らかにされていません。

 LiFはLiを含むものの明らかに絶縁体であり、電極と電子輸送層の間にかえって障壁が形成されてしまうように思われます。ただし膜厚が数nm以下と非常に薄いことから、図7-2(c)に示すように一定の電界がかかればトンネル効果により電子が透過できると考えられます(5)。またLiF層が挿入されることで、電界がかかった際に電極と電子輸送層のLUMOの間のエネルギー差はわずかながら低下すると見られます。このような現象なら材料はLiFに限られないはずで、他の材料も提案されています。しかしなぜこれらの絶縁膜を挿入した方が電子が顕著に注入されやすくなるのか、いまひとつ明確ではありません。

(3)障壁の高さ

 金属から半導体または絶縁体へのキャリア注入機構としては、「半導体デバイスの物理」12項でも説明しているようにショットキー接触がよく知られています。一般に有機分子層へのキャリア注入にもこの理論が適用されているようですが、つぎの点に注意する必要があります。

 ショットキー障壁を介したキャリア注入の理論では、不純物がドープされた半導体に電極が接触している場合が前提で、半導体表面付近ではこの不純物がイオン化して帯電し空乏領域が形成されています。しかし有機分子層では不純物ドープという考え方はなく、キャリア濃度は低いので、同じ様に空乏領域の形成を考えるには無理があります。

 絶縁体層に金属電極が接した場合、図7-3に示すように絶縁体側に高さ \(e\varphi_M \) の障壁ができ、金属電極から絶縁体への電子の侵入が阻止されます。しかし実際にはこの障壁のポテンシャルエネルギーは図の黒い破線のようややなまった形になります。これは鏡像効果のためです。この鏡像効果については、「半導体デバイスの物理」14項で説明しています。

 ここで絶縁体に図の赤い破線で示すような電界 \(E\) が印加されると、障壁のポテンシャルエネルギーは青い曲線で示すように変形し、点 \(x_m \) で最大となることがわかります。結果のみ示すと、エネルギーの低下量 \(\Delta\varphi \) は \[\Delta\varphi =\sqrt{\frac{eE}{4\pi\varepsilon }}=2Ex_{m}\] となります。つまり障壁の高さは電界 \(E\) の平方根に比例して低下することになります。鏡像効果を考慮すると、障壁の高さが印加電界によって変化することが説明できます。

 一方、電極からのキャリア注入については熱電子放出という考え方があります。これについても「半導体デバイスの物理」13項で取り上げていますが、加熱した金属から電子が真空中に放出される機構を固体中へのキャリア注入に拡張した理論です。

 この理論によれば、電極から絶縁体側へ流れ込む電流 \(J_{mi}\) は \[J_{mi}=RT^{2}\exp\left ( -\frac{q\varphi_{B}}{kT}\right )\] となります。ここで \(R\) はリチャードソン定数と呼ばれる定数です。障壁の高さ \(\varphi_B \) は図7-3に示されていますが、これが指数関数の形で含まれていますから、電流に対して強い影響を与え、障壁をできるだけ低くしておくことが重要なことがわかります。

(4)有機透明電極

 OLEDを効率よく動作させるために電子、正孔の注入を効率よく行うという課題について説明してきましたが、発光した光を効率よく取り出すことも重要です。このため、電極を透明するという手段は非常に有効です。これまでの項であげた例にも示されているようにOLEDに対しても ITO(酸化インジウムスズ)膜が透明電極として使用されています。

 OLEDの化合物半導体LEDにない特徴は、比較的大面積の発光素子が作製でき、有機材料の柔軟性から用途によっては発光面を曲面とすることも可能であることです。

 ITO電極もPETなど透明高分子フィルム上に形成すれば、曲面とすることは可能です。しかし ITOは無機酸化物であり、やや脆い性質があるので、本来曲げには向いていません。そこで考えられたのが導電性高分子材料の利用です。

 導電性高分子といえばポリアセチレンが知られています。この材料の膜合成に成功した白河英樹博士は2000年にノーベル賞を受賞されています。しかしこのポリアセチレンは透明ではなく、透明電極としては使用できません。

 導電性高分子材料はその後、いろいろ知られるようになり、透明なものとしてポリチオフェン系材料が注目されました。この材料のひとつであるポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)(PEDOT、構造式(i))は、その微粒子をポリスチレンスルフォン酸(PSS、構造式(j))という透明高分子に分散した製品が市販されたため、広く使用が試みられるようになっています。

 このPEDOTの仕事関数は-4.4eVと言われ、ITOよりむしろ大きくなっています。ところがPSS中に分散することで-5.0~-5.5eVの範囲に調整できるとされています(6)図7-1の例をみると、この仕事関数の値はITOとα-NPDの間に選ぶことができることを意味しています。現状ではPEDOT-PSSの導電率はITOほど高くないため、PEDOT-PSS単独で電極とすることは提案はされていますが(7)、一般化するには至っていません。むしろITOと正孔輸送層の間に挿入し、正孔の注入を助ける正孔注入層として使われていることが多いようです。

 もう一つ、有機導電性材料を電極として利用する製法上の利点をあげておきます。それは有機材料の多くは溶剤に溶解できるため、成膜を塗布、あるいは印刷によって行うことができる点です。これは成膜に真空蒸着などの真空プロセスを必要とせず大気中で成膜が可能であるという利点だけでなく、印刷プロセスによってパターニングも可能であることがあげられます。もちろん微細なパターンにはリソグラフィーが必要ですが、そうでなければ、成膜と同時にパターニングができることは製造プロセスを簡略化できるので、これは大きな利点です。

(1)特開昭63-295695号

(2)特開平05-159882号

(3)米国特許5677572号

(4)特開平10-074586号

(5)特開平10-340787号

(6)特開2017-059643号

(7)特開2016-091630号