光デバイス/光制御素子

2.光変調素子とは

 光制御素子の代表的なものと言えば光変調素子が挙げられます。この光変調素子は一般の半導体デバイスの教科書には取り上げられていませんので、まずは光変調素子とはどのようなものか、その概要をみておきましょう。

 光信号による通信は日常生活のなかにも広く使われています。例えば、テレビやエアコンはリモート・コントロール(略してリモコン)で遠隔操作するのが普通になっています。このリモコンは信号を載せた赤外線を空中に飛ばして機器との通信を行う身近な光通信の一例です。

 送信する情報(電源のオンオフからテレビならチャンネル、その他様々なメニュー)を手元のボタン操作によって選択すると、対応して決められた順序(コード)に従って赤外線LEDが点滅し、光信号を空中に送り出します。このとき手元のボタン操作はまず電気信号になりますが、それに従って点滅する光信号を作るのが光変調です。

 ところがこのリモコンには光変調素子は使われていません。発光ダイオード(LED)は電極から流れ込む電流によって発光するので、この電流をオンオフすれば出射光を点滅(変調)できるからです。このような変調方法を直接変調と呼んでいます。

 これならば光変調素子は無くてもよいことになりますが、なぜ必要なのでしょうか。それはLEDやLDの直接変調はあまり高速にはできないからです。LEDやLDの発光は電極から入ってきた電子と正孔が再結合して起こります。この電子と正孔は電流をオフにしてもすぐにいなくならないので、どうしても消灯までに時間がかかってしまいます。といってもこの時間はナノ秒程度なので、それほど遅いわけではなく、テレビやエアコンのリモコンのように大抵の目的なら十分です。

 ところが長距離光通信の場合には、膨大な情報を送るために、もっとも高速なものはギガビット/秒つまり 109 bit/secという速さの信号を使っています。これは 10-9 秒以下の時間周期の信号に対応します。そのような高速の場合には直接変調は難しくなり、高速で動作する光変調素子が別に必要となります。高速光通信においては一定強度の光を出す光源と高速動作ができる光変調素子とを組み合わせて用いる必要が出てくるわけです。

 このような光変調素子は通信基地局内などで使われるだけで、一般の家庭などでは使われていないので、かなり特殊な素子と言えます。このため一般的な電子デバイスの教科書などでは取り上げられていません。しかし電気信号によって光の強度などを変化させる原理は多様で、そのなかには重要なものが多く含まれています。

 まず「変調」そのものについて少し説明しておきます。変調というと通信や放送に使われる周波数が数100MHz以下の中波や短波と呼ばれる範囲の電磁波の変調が典型的な例と言えます。このような電磁波は発振回路という電子回路によって発生された電流、電圧の振動をアンテナによって空中へ送ります。電磁波によって何か意味のある信号を伝えたい場合に変調が必要になってきます。この変調も電気信号の場合には発振回路の後に変調回路という電子回路を接続することによって行うことができます。

 典型的な変調は、一定周波数、一定振幅の電磁波(搬送波といいます)に対して、搬送波より低い周波数の信号を重ねることですが、これにはいくつかやり方があります。まず搬送波の振幅を変調する振幅変調(AM)があります。また搬送波の周波数を変調する周波数変調(FM)があります。この二つの変調方式はともに放送で音声を伝えるのに使われているのでよく知られていると思います。

 さらに情報の伝達の仕方にはアナログ方式とデジタル方式があります。アナログ方式は例えば音声信号のように連続的に変化する信号をそのまま振幅や周波数の大小で表す方式です。このアナログ信号によって変調をするのがアナログ変調で、ブロック図で描けば図2-1(a)のように表せます。

 一方、デジタル方式は1と0の2種類の信号(2値)からなります(2値に限らず多値でもいいのですが、単純で電子回路との整合性もよいことなどから通常は1と0の2値が用いられます)。このデジタル信号に従って変調を行うのがデジタル変調です(図2-1(b))。

 このデジタル信号はどのように作られるかというと、元の信号が音声信号のようなアナログ信号である場合は、アナログ-デジタル(A-D)変換回路という電子回路によって一定の規則に従って連続的な値をデジタル値に変換して生成します。文字のような符号を表すには1つ1つの符号に対応したコードという1、0の並びを決めておき、これにしたがってデジタル信号を作ります(例えばキーボードで文字キーを押せば、その文字に対応したデジタル信号が発生するようになっています)。

 変調にはこの強度変調のほかに位相変調(PM)をいうのがあります。これはAMやFMに比べると上のような図が描きにくく直感的にわかりにくいですが、波の位相を変調信号によって変化させるものです。

 デジタル変調した信号波形は図2-2のように1つのオン波形のなかに搬送波の振動がいくつか入っていることになります。変調が高速になってくると信号のオンの時間が搬送波の振動周期に近づいてきます。振動周期より変調信号の周期を短くすることは原理的にできません。このため高い周波数の搬送波を用いることが高速な変調を行うには必須で、光を用いる大きな利点はここにあります。以下、光の変調に話を移します。

 光の変調は上で説明したような電子回路だけではできません。まず搬送波として連続光を発生する光源(発光素子)が必要です。変調信号は通常、電気信号ですが、光信号を使うことも考えられています。この変調信号によって光を変調するには光変調素子が必要です。全体の構成は図2-3のようになります。光変調の場合はデジタル変調が多いですが、アナログ変調も可能です。

 光の変調は電子回路ではできず、何らかの光に作用する手段が必要です。その原理は主として2つあります。1つは光の吸収を使うものです。電気信号によって材料の吸収率を変えられればそこを通る光の強度が変えられます。もう一つは光の干渉を使う方法です。位相が180°異なる2つの光を合わせると消光する現象が干渉ですが、これを利用します。これには光の位相を変える必要がありますが、位相は光が進行する媒体の屈折率を変えればよいので、電気信号によって屈折率の変わる材料が必要になります。光変調素子はこのような機能を備えたデバイスです。

 以上のような電気信号によって吸収係数や屈折率が変わる現象はいろいろあります。またこのような現象が起こる材料も多様です。従来誘電体材料が主流でしたが、近年、半導体を使った実用的な光変調素子が登場しています。このページは半導体デバイスを紹介するのを目的としていますので、後続の項では半導体素子を中心に説明していきます。