電子デバイス/負性抵抗素子
14.インパットダイオード

 これまでの各項では代表的な負性抵抗素子としてトンネルダイオードとpnpn構造素子を紹介してきましたが、これ以外にも負性抵抗を生じる素子があります。すべてを網羅するのは無理ですが、以下の項で3つほど紹介します。

 その1つ、インパットダイオードをこの項で取り上げます。インパット(IMPATT)は略号で、"IMPact Avalanche Transit Time" を表します(1)。日本語に訳しても、「衝撃電子なだれ遷移時間ダイオード」などと長くなり意味がよくわからないかと思います。

 このダイオードはショックレイによるpnpnダイオードの提案から間もなくの1958年に同じベル研究所のショックレイの共同研究者であるW.T.Read,Jr.によって提案されています(2)

 この素子はpnpn構造に似ていますが、図14-1のように第3層のキャリア濃度が低く、ほぼ真性の層(i層)になっています。外側のn層とp層はキャリア濃度が高い n+ 層、p+ 層です。このダイオードに図のように逆バイアスをかけると図14-1の下側に示したような電界分布が生じます。

 両側の p+ 層、n+ 層はキャリア濃度が高いので、ほとんど電界は生じませんが、第2層のp層はキャリア濃度が高くなく、また薄く作られているので、n+ 層との間に逆バイアスによる空乏層ができて大きな電界が発生します。この電界がある限界を超えると接合が降伏し、9項で説明したのと同様に、発生した電子-正孔対が衝突、増倍してなだれ現象が発生します。

 第3層はi層でキャリア濃度が低いので、この層内の電界はほぼ一定となります、このためなだれで発生した正孔がこの電界によって移動し p+ 層に達します。電子の方は n+ 層側に移動しますが、正孔に比べて移動距離が短いため、電流にはほとんど寄与しません。

 以上の動作でどうして負性抵抗特性が現れるのかよくわからないと思います。これについては後続の特許(3)に詳しく説明されています。

 まず素子に逆バイアスをかけますが、その大きさは接合の降伏が起こるより少し小さくします。これに図14-2のような回路で図14-3の上の図のような交流電圧を重畳し、この交流電圧が最大値をとる付近で降伏が生じるように設定します。

 すると図14-3の真ん中の図のように交流の1/4周期のところで電子-正孔対が発生します。この電荷はもともとかかっている直流バイアスによって i 層を移動します。これによって図14-3の下の図のようにほぼ一定の電流が交流の1/4周期から1周期の終わりまで流れることになります。

 ここで終わりの半周期は交流電圧が低下しているにもかかわらず電流が増加することになり、負性抵抗が生じていると解釈できます。これまでの素子のように直流特性自体に負性抵抗特性が含まれているわけではなく、駆動電流を変化させると生じる特性ですから、動的負性抵抗特性と言うことがあり、インパットダイオードは動的負性抵抗素子の一つと分類されます。

 さてこの素子を何に応用するのかですが、上記のようにパルス電流が発生することを発振回路に使うことができます。上記特許には具体的な数値例が挙げられていますので、それを紹介しておきます。

 上記交流信号の周波数は4GHzとします。この1周期の3/4の時間が i 層を電子が横切る時間(遷移時間)\(t_r \) に相当しなければいけませんので、\(t_r =1.87\times 10^{-10}\mathrm{s}=0.187\mathrm{ns}\) となります。電子の速度をおよそ \(10^7 \mathrm{cm/s}\) とすると i 層の幅 \(W\) は18.7μmとすればよいことになります。接合が降伏し電子なだれが生じる電界は \(10^5\mathrm{V/cm}\) 程度で、電圧にすると数100V程度になります。以上のようにこの素子によれば数GHzのマイクロ波発振が可能であることがわかります。実際にインパットダイオードはマイクロ波発振素子として使用されています。

 なお上記特許にはpin構造素子でも同様な動作が可能であることが示されています。さらにpn接合でもp層またはn層中を電子(または正孔)が走行することにより同様な動作が可能です。i 層を用いたインパットダイオードを発明者の名前をとってリードダイオードと呼び、pn接合の場合をアバランシェダイオードと呼んで区別することがあります。

(1)S.M.Sze, "Physics of Semiconductou Devices", Wiley (1969) ,Chap.5

(2)米国特許289966号

(3)米国特許2899652号