電子デバイス/負性抵抗素子

15.ガンダイオード

 もう一つの動的負性抵抗素子としてガンダイオードが知られています。この素子はこれまで紹介してきた素子と違って、接合をもたない素子です。そのため、バルク効果素子という分類をされることもあります(1)。バルク効果というのは言い換えれば半導体物性そのものということです。まずその基礎について考えます。

 例えばGaAs結晶のエネルギーバンド構造は概略、図15-1のようになっています。伝導帯は底のエネルギー、波数値 \(k\) が異なる2つのバンド \(\mathrm{CB}_1\) と \(\mathrm{CB}_2\) があります。このような結晶に電極をつけ、電圧をかけると電流が流れますが、この電流を担う電子は伝導帯にいる電子です。

 通常は伝導帯の底のエネルギーが低い方(図では \(\mathrm{CB}_1\) )に電子が多く存在しますから、その電子が電流に寄与します。しかし電圧が高くなると電子のエネルギーが高くなり、エネルギーの高い伝導帯(\(\mathrm{CB}_2\) )にも電子が移るようになり、その電子も電流の一部を担うようになります。

 一般に伝導帯によって電子の移動度は異なります。\(\mathrm{CB}_1\) の電子の移動度を \(\mu_1 \)、電子の濃度を \(n_1 \)、\(\mathrm{CB}_2\) の電子の移動度を \(\mu_2 \)、電子の濃度を \(n_2 \) とすると、導電率 \(\sigma \) は両方の伝導帯の導電率の和になり \[\sigma =q\left ( \mu_{1}n_{1}+\mu_{2}n_{2} \right )\] と書けます。 \[\mu =\frac{\mu_{1}n_{1} + \mu_{2}n_{2}}{n_{1}+n_{2}}\] \[n = n_{1}+n_{2}\] と置けば \[\sigma =qn\mu\] となります。電流密度 \(J\) は、電界を \(E\) とすれば \[J=qn\mu E\] と書けます。ここで電界が小さく電子がほとんど \(\mathrm{CB}_1\) にいるとすれば( \(V \lt V_1 \))、 \[J\simeq qn_{1}\mu_{1}E\] 電界が大きくなって電子がほとんど \(\mathrm{CB}_2\) に移ってしまうと(\(V \gt V_2 \))、 \[J\simeq qn_{2}\mu_{2}E\] となり、もし \[\mu_{1} \gt \mu_{2}\] であれば、全体の電流 \(I\) -電圧 \(V\) 特性は図15-2のようになると予想されます。このため上記2つの電流の式に従う特性の中間の遷移領域 \[V_1 \lt V \lt V_2 \] では図の緑色の曲線で示すような負性抵抗が生じることが予想できます。

 この負性抵抗が生じる機構をリドレイ-ワトキンス-ヒルサム(Ridley-Watkins-Hilsum)機構または頭文字をとってRWH機構と呼んでいます。

 このRWH機構の負性抵抗を応用したのが、ガンダイオードです。RWH機構の負性抵抗は電圧制御型ですからトンネルダイオードと同様な使い方ができますが、ガンダイオードはそれとは一風違ったものです。以下それを説明します。

 GaAsなどの結晶片、例えば棒状に加工した結晶の長手方向の両端に図15-3(a)のように電極を設け、そこに電圧をかけます。電極がオーミック電極であれば、結晶内には(b)のように一定の電界がかかり、電流が流れます。

 ここで電圧を上げていくと、さきに説明したRWH機構により、エネルギーの高い伝導帯の方に電子が移ります。ところがIBM社のガン(J.B.Gunn)は実際のGaAs結晶で実験し、電流が振動することを発見しました(2)。そのときの電界は \(10^5 \mathrm{V/m}\) 程度です。これは1mmの厚さに数100Vの電圧をかけることに相当しますから、普通の電子デバイスとしてはかなりの大きな電界と言えます。

 この現象はつぎのように説明されます。実際の結晶は理想的に均一とは言えません。何かの理由(例えば結晶欠陥の存在)で図15-3(c)のように結晶内のどこかに電界が集中し、その部分だけ先行して伝導帯の移行が起こる場合があり得ます。するとその場所の電子の移動度が下がり、その部分の導電率も下がります。この部分だけ抵抗が高くなるわけですから外部からかけた電圧はこの部分に集中した状態が保たれます。この領域内では電子の移動が遅くなるため、電子はこの部分で濃度が高くなります。

 結晶には依然として電界がかかっていますから、この抵抗の高い領域内の電子が結晶内を移動します。これは高抵抗部分自体が移動しているとも言えます。もちろんこの移動により一定の電流が流れますが、この高抵抗部分はやがて電極に達し消滅します。すると電界集中がなくなるので、結晶内の電界は増加します。これにより電流は急に大きくなります。

 しかしこの領域が結晶内になくなると状態は最初に戻るので、また同じような現象が繰り返され、高抵抗領域が新たに生じると考えられます。すると電流は急に減少します。これが繰り返されると、外部回路には図15-4のような振動する電流が観測されるようになると考えられます。この現象を発見者の名前をとってガン効果と呼びます。

 GaAsの場合、電子の移動速度 \(v\) は \(10^5\mathrm{m/s} \) 程度ですから、電極間距離を \(10\mu\mathrm{m}\) とすると、繰り返し周波数 \(f\) は結晶の長さ(電極間距離)を \(L\) として \[f=\frac{v}{L}\] と書けますから、\(f\)~10GHzとなり、これはマイクロ波領域に相当します。インパットダイオード同様にこの素子もマイクロ波発振に応用できることがわかります。これがガンダイオードです。

 なお、上記のような高抵抗領域ができず、電界が高くなっても一様であり続けるとするとガン効果は起こりません。この場合、素子の電流-電圧特性が図15-2のようになります。この特性は電圧制御型負性抵抗特性で、トンネルダイオードとほぼ同じです。このためこの場合は外部回路にインダクタンス、コンデンサをつないで共振回路を形成すれば、トンネルダイオードと同じように発振回路が実現できます。このような場合の素子はLSA(Limited Space Charge Accumulation)ダイオードと読んでガンダイオードと区別しています。

(1)S.M.Sze, "Physics of Semiconductou Devices", Wiley (1969) ,Chap.14-4

(2)特公昭42-20号