電子デバイス/負性抵抗素子
5.トンネル電流トンネル電流は基本的に電位障壁に流入する電子の流れと電子が障壁を透過(トンネル)する確率の積で表されます。流入電流は「半導体物理学」43項で考察した固体中を流れる電流に相当しますが、衝突項は敢えて考えません。なぜなら電子の流れを制限する主要な役割を障壁が果たしているからです。
電流密度は電子の速度 × 電子濃度で表されます。電子のk空間での速度 \(\mathrm{d}k/\mathrm{d}t\) は \[\frac{\mathrm{d}k}{\mathrm{d}t}=\frac{eE}{\hbar}\] で表されます。ただし \(E\) は電界です。またk空間の平面内の \(k+\mathrm{d}k\) の範囲内の電子濃度 \(\Delta n\left ( k \right )\) を考えると \[\Delta n\left ( k \right )=F\left ( \varepsilon\right )2\pi k\:\mathrm{d}k\] と書けます。ただし \(F\left ( \varepsilon \right ) \) はフェルミ分布関数です。したがって \(k+\mathrm{d}k\) の範囲内の電子による電流 \(\mathrm{d}J\) は \[\mathrm{d}J=\frac{e^{2}E\cdot 2\pi kF\left ( \varepsilon\right )}{\hbar}\mathrm{d}k\tag{1}\] となります。エネルギー \(\varepsilon \) と波数 \(k\) の関係は \[\varepsilon =\frac{\hbar^{2}k^{2}}{2m^{*}}\] ですから、(1)式は \[\mathrm{d}J=\frac{e^{2}Em^{*}F\left ( \varepsilon\right )}{2\pi^{2}\hbar^{3}}\mathrm{d}\varepsilon\tag{2}\] となります。
上記のようにトンネル電流は(2)式とトンネル確率 \(T_i\) の積で表されるはずですが、さらに条件が必要です。トンネル現象はトンネルした電子を受け入れる障壁の反対側に空いた状態がないと起こりません。そこでトンネルする前の電子がいる状態1(具体的には伝導帯など)のフェルミ分布を \(F_1 \)、トンネル後に入る状態2(価電子帯など)のフェルミ分布を \(F_2 \) とすると、状態1から状態2へ向かう電流密度は \[\mathrm{d}J=\frac{e^{2}Em^{*}}{2\pi^{2}\hbar^{3}}T_{i}F_{1}\left ( \epsilon\right ) \left ( 1-F_{2} \left ( \varepsilon \right ) \right ) \mathrm{d}\varepsilon \tag{3}\] となり、逆方向の状態2から1へ向かう電流密度は \[\mathrm{d}J=\frac{e^{2}Em^{*}}{2\pi^{2}\hbar^{3}}T_{i}F_{2}\left ( \epsilon \right ) \left ( 1-F_{1}\left ( \varepsilon \right ) \right ) \mathrm{d}\varepsilon\tag{4}\] となります。差し引きの電流密度は(3)式から(4)式を差し引いて \[\mathrm{d}J=\frac{e^{2}Em^{*}}{2\pi^{2}\hbar^{3}}T_{i}\left ( F_{1}\left ( \varepsilon\right ) -F_{2} \left ( \varepsilon\right )\right)\mathrm{d}\varepsilon\tag{5}\] が得られます。
さてここまで式を導いてきましたが、この式とトンネルダイオードの電流-電圧特性はまだ結び付きません。電流-電圧特性を表すための工夫が必要です。
図5-1はpn接合トンネルダイオードの模式的なバンド図です(2項の図2-2に相当します)。図ではn型半導体の伝導帯の底よりかなり大きいエネルギーまで電子が詰まった状態(縮退したといいます)からp型半導体の価電子帯の上部の空いた状態へトンネルする様子を示しています。この場合、n型半導体側の電子濃度はn型半導体側のフェルミ分布 \(F_C \) と伝導帯の状態密度を \(N_C \) の積で表され、p型半導体側の空き状態の密度は同様に \(\left (1-F_V \right )\) と価電子帯の状態密度 \(N_V \) の積で表されます。したがって(3)、(4)式はつぎのように書き換えられると言えます。ただし定数はまとめて \(A\) と表しました。また積分範囲は価電子体の頂上 \(E_V \)から伝導帯の底 \(E_C \) までと特定できます。 \[J_{C\rightarrow V}=A\int_{\varepsilon_{C}}^{\varepsilon_{V}}F_{C}\left ( \varepsilon\right ) N_{C}\left ( \varepsilon\right ) T_{i}\left\{ 1-F_{V}\left ( \varepsilon\right )\right \}N_{V}\left ( \varepsilon\right ) \mathrm{d}\varepsilon\tag{6}\] \[J_{V\rightarrow C}=A\int_{\varepsilon_{C}}^{\varepsilon_{V}}F_{V}\left (\varepsilon \right ) N_{V}\left ( \varepsilon \right )T_{i}\left \{ 1-F_{C} \left ( \varepsilon \right ) \right \}N_{C}\left ( \varepsilon \right ) \mathrm{d}\varepsilon\tag{7}\] (6)式と(7)式の差し引きにより、(5)式に対応する電流は \[J =A\int_{\varepsilon_{C}}^{\varepsilon_{V}}\left [ F_{C}\left ( \varepsilon\right )-F_{V}\left ( \varepsilon\right ) \right ]T_{i}N_{C}\left ( \varepsilon\right )N_{V}\left ( \varepsilon \right ) \mathrm{d}\varepsilon\tag{8}\] となります。
この(8)式では電界 \(E\) が定数のなかに入って表から消えてしまいましたが、外部からの印加電圧によってフェルミエネルギーなどのエネルギー関係が変化するので、電流-電圧特性の概要はこの式を使って得ることができます。ただし以下のような近似を考慮する必要があります。
まずトンネル確率 \(T_i \) は外部電圧の変化にはよらない定数とします。また伝導帯と価電子体の状態密度はおおよそ次式で表されるとします。 \[N_{C}\left ( \varepsilon\right )\sim\sqrt{\varepsilon-\varepsilon_{C}}\tag{9}\] \[N_{V}\left ( \varepsilon\right )\sim\sqrt{\varepsilon_{V} -\varepsilon}\tag{10}\] また、縮退の程度を表す \(V_n \) と \(V_p \)(図5-1中に示す)は小さく、おおむね \(2k_{B}T \) より小さいとします。 ただし \(k_B \) はボルツマン定数です。\[V_{n},\: V_{p}\ll 2k_{B}T\]
まずフェルミ分布は指数関数を級数展開して1次の項までとり、 \[F_{C}\left ( \varepsilon\right ) =\frac{1}{\exp\left \{\left ( \varepsilon-\varepsilon_{Fn}\right ) /k_{B}T \right \}+1}\] \[\simeq\frac{1}{2+\left ( \varepsilon-\varepsilon_{Fn}\right ) /k_{B}T}\] と近似します。さらにこの分数関数をもう一度展開し、1次の項までとると \[F_{C}\left ( \varepsilon\right ) \simeq\frac{1}{2}-\frac{\varepsilon -\varepsilon_{Fn}}{4k_{B}T}\tag{11}\] と1次関数で近似されます。同様にして \[F_{V}\left ( \varepsilon\right ) \simeq\frac{1}{2}+\frac{\varepsilon_{Fp}-\varepsilon }{4k_{B}T}\tag{12}\] (11)、(12)式を(8)式中の \(F_C -F_V \) に代入すると \[F_{C}\left ( \varepsilon\right ) -F_{V}\left ( \varepsilon\right ) =\frac{\varepsilon_{Fn}-\varepsilon_{Fp}}{4k_{B}T}=\frac{eV}{4k_{B}T}\] となります。右辺は図5-1から確認できます。また \(N_C \) と \(N_V \) はトンネル電流が流れている状態ではほぼ等しいとみなしてよいので、 \[N_{c}\left ( \varepsilon\right )N_{V}\left ( \varepsilon\right ) \simeq N_{c}^{2}=\varepsilon-E_{C}\] と近似すれば、(8)式は積分が容易に計算できて \[J=A'V\left ( E_{V}-E_{C}\right )^{2}\] となります。再び図5-1を参照して \[E_{V}-E_{C} =V_{n}+V_{p}-eV\] ですから、結局電流密度 \(J\) は \[J=A'V\left ( V_{n}+V_{p}-eV \right )^{2}\] これが求める電流密度 \(J\)-電圧 \(V\) 特性です。概形をグラフに描いてみると図5-2のようになり、定性的ではありますが、負性抵抗特性が得られるのがわかります。