電子デバイス/半導体メモリ
5.SRAM
半導体メモリの代表選手としてDRAMを紹介しましたが、同じような揮発性でランダムアクセスのメモリとしてSRAM(Static Random Access Memory)があります。
DRAMはコンデンサに電荷を貯めることで情報を記憶しましたが、SRAMは集積回路のところで説明したトランジスタの論理回路のはたらきそのもので情報の保持、記憶を行うものです。このため、記憶媒体に相当するものがありません。ここで取り上げるすべての半導体メモリのなかでSRAMだけが異彩を放っていると言えます。
まずは論理回路の構成を図5-1に示します。2つのNOR回路の一方の出力\(Q\)または\(\bar{Q}\)を他方の入力側\(S\)または\(R\)に戻したような回路になっています。
図5-2のタイムチャートにしたがって回路の動作を説明します。いま2つの入力が0(\(R=S=0\))のとき出力\(Q=0\)とします(\(\bar{Q}\)は\(Q\)の反転出力で1)。
ここで\(S=1\)の信号が入力されたとします(\(R=0\)はそのまま)。すると\(Q\)は1に変わります(\(\bar{Q}=0\))。つぎに\(S=0\)に戻っても\(Q=1\)、\(\bar{Q}=0\)は保持されます。
つぎに\(R=1\)に変わったとします。すると\(Q=0\)、\(\bar{Q}=1\)に反転します。このときも\(R=0\)に戻っても出力は変わりません。
以上をまとめると、\(S=1\)、\(R=0\)のとき、\(Q=1\)になり、\(S=0\)、\(R=1\)になると\(Q=0\)になりますが、\(S=0\)、\(R=0\)では出力\(Q\)は1でも0でもそのまま変わらず保持されます。このことからSはセット、Rはリセットの意味で記号が付けられています。
この論理を真理値表で表すとつぎのようになります。この回路では\(S=R=1\)の場合は\(Q\)がどうなるか定まりませんので、この入力はしないこと(禁止)になっています。
\(S\) \(R\) \(Q\) \(\bar{Q}\) 0 0 保持 0 1 0 1 1 0 1 0 1 1 禁止 図5-1をIGFETを使って実現した基本的な回路を図5-3に示します。「IGFETを使って」と断ったのはこの回路はバイポーラトランジスタどころか真空管の時代からフリップフロップ回路という名で知られていたものだからです。ですから回路としては新しくなく、半導体メモリとしてもDRAMよりもこちらの方が先に考えられていたものです。
記憶はT1とT2というIGFETのどちらか一方がオン、他方がオフになり、それを保つことによって行われます。回路の動作を説明しましょう。IGFETはnチャンネルタイプとします。情報をこのメモリーに書き込むときは、ワード線Wの電圧を高くします。するとワード線にゲートが繋がっているIGFET、T3とT4はともにオンになります。つまりこの二つのIGFETはソース-ドレイン間に電流が流れるようになり、2本あるビット線\(B\)と\(\bar{B}\)と反対側のトランジスタのゲートが繋がった状態になります。
2本の\(B\)と\(\bar{B}\)は必ず逆極性になるようにしてあります。\(B\)が高電位なら\(\bar{B}\)は低電位です。T3とT4がオンになると、T1とT2のゲートはビット線に繋がりますから、どちらか一方がオン、他方がオフになります。ここでワード線の電圧を下げてT3、T4をオフにしたとします。T1とT2のゲートはデータ線からは切り離された状態になりますが、図を見ていただくと分かる通りそれぞれ他方のT2、T1のソースに繋がっています。例えばT1がオンのときT1のソースはほとんどグランド電位になり、T2のゲート電位は低くなりますから、T2はオフのまま保たれます。T2がオフならそのソースは高電位になりますから、それと繋がっているT1のゲートが高電位になり、オン状態が安定に保たれます。
以上のように2つのトタンジスタT1とT2は一方がオンであると他方をオフにするようにはたらき、この状態は外部、すなわちビット線と接続して強制的に変えない限り保たれます。この回路はフリップフロップと呼ばれ、2つの安定な(双安定といいます)状態が切り換えられる回路(双安定回路と言います)の代表として古くから知られていました。また双安定状態をデジタル記憶に応用できることもよく知られていました。
記憶されているデータを読み出すときもT3とT4をオンにして、T1とT2のソース電位(T2とT1のゲート電位も同じです)を読み取ればよいわけです。
SRAMはDRAMに比べてあまり使われませんでした。それは、つぎのような理由によります。まず図5-3の回路でもIGFETを4個使っています。1ビットの記憶にDRAMは1個のIGFETとコンデンサで済むのに、SRAMはIGFETを4個必要ということで大規模な集積化に不利であったことが挙げられます。また記憶を維持するために必ず1つのトランジスタをオンに保つため、電流を流しておかなければなりませんから、消費電力が大きくなってしまうという欠点もありました。
しかし優れた点もあります。まず動作速度が速いことです。それからDRAMはリフレッシュが必要でしたが、SRAMは何もしなくても安定に記憶が保たれます。リフレッシュ動作のためには別に回路が必要ですから、トータルで考えると必要なトランジスタの数の差は縮まります。そこで消費電力を減らす改良をしてSRAMの利点を生かす開発が行われました。
その一つがCMOSを採用することです。nチャンネルとpチャンネルのIGFETを1組にして使うことで、消費電力は大幅に小さくなります。これを採用した回路を図5-4に示しました。図5-3のT1をnチャンネルのTn1とpチャンネルのTp1の組に、T2をTn2とTp2に置き換えたものです。Tn1とTn2についてみると図5-3と同じようにどちらか一方がオン、他方がオフになって情報を記憶します。このときpチャンネルのTp1とTp2は必ずnチャンネルのTn1とTn2とはオン、オフが逆になります。そのため、Tn1、Tn2のどちらがオンであっても電流は流れません。使用トランジスタは6個になりますが、消費電力は非常に小さくなります。
SRAMを集積化した記憶素子を最初に世に出したのはやはりインテル社でした。DRAMと同時期の1970年代後半のことです。1980年代に入ってSRAMに初めてCMOSを採用したのは日本のメーカでした。最も早い時期の特許出願は日立社(1)ではないかと思われます。消費電力が減ったことで、SRAMは腕時計用などに使われるようになりました。また動作速度が速いことからコンピュータではあまり大きな記憶容量を必要としないキャッシュメモリにSRAMが使われています。
DRAMと同じようにいかに同じ大きさのチップにたくさんのトランジスタを集積するかについても技術開発が進められましたが、ここでは素子としてのSRAMの話は省略することにします。
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フリップフロップ(flip-flop)は辞書で引くと「ころころ変わる」などの意味が出てきますが、その響きからわかるように、もともとは擬態語のようです。日本語ならギッタンバッコンなどに当たるでしょうか。この回路の動作をうまく表しているので、定着したものと思われます。
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DRAMのダイナミック(動的)とSRAMのスタティック(静的)の意味についても一言触れておきます。何がダイナミックで何がスタティックなのかですが、直ちに答えにくいように思われます。ダイナミックは実はリフレッシュ動作が行われることを指していると言われています。コンデンサの電荷の減少をつねに補うように動作し続けていることがダイナミックで、そのような動作が不要なことがスタティックという用語になったようですが、端的に2つのメモリの特徴が想起できる命名でないようにも思われます。
(1)特開昭56-68991号