電子デバイス/半導体メモリ
15.強誘電体のメモリへの応用
浮遊ゲートを使った不揮発性半導体メモリについてはまだまだ話題はありますが、ひとまず区切りとして、別の半導体メモリーへ話を移します。浮遊ゲート式以外の不揮発性メモリーは多くの種類が研究され、製品化に近いものもありますが、広く使われる至っていません。浮遊ゲートではトンネル効果とかホットエレクトロンとかいろいろな物理現象が登場しましたが、メモリーの話では特に多彩な物理現象が利用されます。これから説明しようとしているいくつかのメモリーもそれぞれ違った物理現象を利用している点で興味深いと思います。
最初は強誘電体メモリーです。ここで取り上げる記憶素子はいずれもトランジスタを使った半導体メモリーです。強誘電体はトランジスタと組み合わせなくてもメモリになると思いますが、他の電子回路との整合性の良さを考えるとトランジスタと組み合わせた方が有利です。
この強誘電体メモリは1980年代後半に提案されており、すでにかなり長い開発の歴史をもっています。後で説明しますが、優れた特徴をもっているので一部製品化もされているようですが、普及するところまではいっていません。
このメモリの原理を理解するにはまず強誘電体とは何かを知る必要があります。強誘電体は特殊な誘電体です。特殊でない普通の誘電体のことをはっきり区別して呼ぶときには常誘電体という言葉が使われます(弱誘電体という語はありません)。磁性体の強磁性体と常磁性体と同じ関係です。
IGFETの動作原理のところでコンデンサについて説明し、2つの電極の間に誘電体を挟むと静電容量が増えると説明したと思います。でもIGFETに使われているSiO2膜は誘電体と言われるよりは絶縁体(絶縁膜)と呼ばれています。この違いは何でしょうか。見方の違いです。電流を通さないという性質からみるとSiO2は「絶縁体」です。電圧をかけたとき帯電するという性質からみると「誘電体」です。電流が流れやすければ帯電はしにくいので、SiO2は絶縁体でもあり誘電体でもあるわけです。
図15-1のように、2つの電極の間に誘電体を挟むと静電容量が増えるのは、誘電体の分極という性質によるものです。普通の物質は何もしなければ電気を帯びていることはありませんが、どんな物質でも原子からできています。原子はプラスの電荷をもった原子核とマイナスの電荷をもった電子からできていて、プラスとマイナスの電荷がつりあっているので電気を帯びていないのです。
ところがこの原子からできた物質を2つの電極で挟んで電圧をかけるとプラスの電荷をもった原子核はマイナスの電圧がかかっている電極の側に引きつけられます。マイナスの電荷をもった電子は逆にプラスの電圧がかかった電極側に引きつけられます。かける電圧が小さければ、原子核と電子が引き離されるような事態にはなりませんが、全体としては少し原子核はマイナス電極側に、電子はプラス電極側に偏った状態になります。そのためマイナス電極側の誘電体の表面にはプラス電荷が、プラス電極側の表面にはマイナス電荷がしみ出たような状態になります。これが分極です。
常誘電体では電圧をゼロに戻すと分極もゼロに戻ります。しかし強誘電体は一旦分極すると電圧をゼロに戻しても分極はゼロに戻りません。電圧を反対向きにかけてようやく分極をゼロに戻すことができます。図15-2を見て下さい。これは強誘電体にかける電圧と分極の関係です。実際には滑らかな曲線になりますが、簡単にするために直線で描いています。
大きなプラス電圧をかけると分極はプラス側で一定になります。ここから電圧を下げると電圧がゼロになっても分極は一定のままです。電圧をマイナスに反転して少し大きくするとようやく分極は減りはじめ、やがてゼロになりますが、マイナス電圧をさらに大きくすると、分極はマイナス側でも一定になります。マイナス電圧を下げてもやはり分極は一定のままでプラス電圧に反転してしばらくしてようやくゼロになり、プラス側に戻っていきます。行きと帰りの通る道がちがうのです。行き帰りが違うこのような特性をヒステリシスと言います。
大事な点は一旦分極が起こってしまうと電圧がゼロでも分極はゼロに戻らなくなるという性質です。このような性質をもった誘電体を強誘電体といいます。なぜそんなことが起こるのかといえば、物質を作っている原子の配置が電圧によって変わってしまうことによります。この変化は電圧を逆にしないと元に戻りません。このような原子の移動は特別な材料でしか起きません。SiO2などは大きな電圧をかけると原子と電子が引き剥がされて壊れてしまい、もう元には戻らなくなってしまいます。
さてこのような分極の性質は強磁性体の磁化とよく似ています。強磁性体は古くからメモリとしていろいろな形で使われてきました。現在でもハードディスクはメモリの代表格です。ここから類推すれば強誘電体がメモリーに使えそうなことは想像できます。しかしほとんど使われることがなかったのは物の扱いやすさの違いです。強磁性体は粉を固めたり塗りつけたりしたものでも十分性能を発揮します。これに対して強誘電体はきちんとした結晶でないと十分な性能が出ません。これが大きな問題であったと思います。