電子デバイス/半導体メモリ

 

14.多値フラッシュEEPROM

 半導体集積回路の場合、それを作るコストのなかで材料費、とくに半導体基板の占める割合はかなり大きいと言えます。ですから同じ性能のデバイスを半分の面積で作れれば、多少、工程が複雑になって生産設備が高価になっても、デバイスの値段は下がります。EEPROMはNAND型の回路を採用することで、各IGFETへの配線のためのスペースが減り、同じ面積の基板に詰め込めるメモリセル(IGFET)の数が増大し、その結果値段が大幅に下がりました。

 これ以外にも、基板面積を小さくする努力はいろいろ行われています。以前に説明したようにまずはメモリセルを1個のトランジスタだけで構成するようになりました。さらにこの1個のトランジスタをできるだけ小さくし、また隣のトランジスタとの間のスペースをできるだけ詰めることも必要です。このような技術のなかにも面白い話題はありますが、ここではこれ以上立ち入らないことにします。

 上のような考え方とはちがったアプローチもあります。それが多値化です。浮遊ゲートをもったIGFETを使った不揮発メモリでは、浮遊ゲートに電子がいるかいないかを見分けて、「0」か「1」かの情報が記憶されているかを判断しています。つまり1個のIGFETからできている1個のメモリセルは1ビットを記憶するものでした。この1個のメモリセルが2ビットとか3ビットとかの情報を記憶できれば、同じ面積で2倍、3倍の記憶容量が持てることになります。これが多値化の考え方です。

 浮遊ゲートに電子がいるかいないかで「0」か「1」かを判断する方法はすでに説明していますが繰り返します。浮遊ゲートに電子がいると、半導体表面から電子が遠ざけられる傾向になります。p型基板のIGFETの場合、半導体表面に電子がいなくなると、チャンネルができないので、IGFETは大きな電圧を制御ゲートにかけないとオンになりません。浮遊ゲートに電子がいないとこれより低いゲート電圧でIGFETはオンになります。

 図14-1は制御ゲートの電圧とチャンネルを流れる電流(ドレイン電流)の関係の一例を示す図です。ドレイン電流が流れ始めるゲート電圧をIGFETのしきい値電圧と言いますが、図では浮遊ゲートに電子がいる場合、しきい値電圧は4Vくらい、電子がいない場合1Vくらいになっています。この場合、記憶の読み出しを行う場合、制御ゲートに2Vをかけると、浮遊ゲートに電子がいない場合には、ソース-ドレイン間に小さな電圧をかけておけば、ドレイン電流が流れますが、浮遊ゲートに電子がいるとドレイン電流は流れません。このようにドレイン電流を観測し、電流が流れたら「1」、流れなければ「0」と決めておけば、記憶が0か1かを読み出せることになります。

 いま浮遊ゲートに電子がいる場合、しきい値電圧は4Vと言いましたが、この電圧は浮遊ゲートにいる電子の量、すなわち電荷量で変わります。浮遊ゲートにいるマイナスの電荷の効果を無くすだけの電圧を制御ゲートにかけたとき、半導体表面にチャンネルができるので、浮遊ゲートのマイナスの電荷が少なければ、制御ゲートの電圧が小さくてもIGFETはオンになります。そこで浮遊ゲートに入れる電子の量をうまく何種類かに調節してやれば、その量によってしきい値電圧も同じ種類だけ変わってくるので、それを感知してやれば、0と1だけでなく、0,1,2,3・・・という値に対応した記憶ができることになります。

 デジタルの世界では0と1しか使いませんから、1ビットのつぎの2ビットを記憶するためには、「00」、「01」、「10」、「11」の4種類を記憶する必要があります。 これには図14-2のように1V,2V、3V,4Vのしきい値が得られるように浮遊ゲートの電荷量を4通りに調節するようにします。そして1.5V,2.5V、3.5Vの順で制御ゲート電圧を変えたとき、どの電圧でドレイン電流が流れるかを見ます。

 このような考え方はすでに1988年に三菱電機から提案されています(1)。従来の2値タイプをSLC(Single Level Cell)、3値以上のものをMLC(Multiple Level Cell)と呼ぶことがあります。また8値、3ビットの場合をTLC(Triple Level Cell)と呼ぶことがあります。

 さてこの考え方自体はもっともですが、実際に使えるようにするには難しい問題もあります。0と1の2つを見分ける場合は上のように、ゲート電圧を2Vくらいに設定しておけば、何かの原因で浮遊ゲートの電子が少し逃げてしきい値電圧が2.5Vくらいまで下がっても、0か1の判定は間違えなく行えます。しかし2ビットの場合はゲート電圧を2.5Vに設定した場合、しきい値電圧が3Vから0.5V下がると情報は誤って解釈されることになります。

 また同じ電荷を浮遊ゲートに入れることができても、たくさんのIGFETのしきい値電圧はまったく同じにはなりません。絶縁膜の厚みがわずかに違ったり、絶縁膜のなかにわずかながら電荷が入ったりする場合もあるからです。2ビットで4値、3ビットになると8通りの値を見分けなければなりません。このためにはしきい値電圧が設計通りに正確に作れなければなりませんし、時間が経っても浮遊ゲートから電子が逃げないようにする必要があります。このような課題は着々と解決されてきているようです。

(1)特公平7-105146号