電子デバイス/半導体メモリ

13.フラッシュEEPROM

 これまでEEPROMで記憶情報を電気信号を使ってどのように消去しているかを説明してきました。電気的な消去ができるようになってもEEPROMにはまだ大きな課題がありました。メモリの重要な性能は記憶できる情報の量(記憶容量)です。もちろん1ビットを記憶するメモリセルができれば、あとはそれを必要なだけ繋げれば記憶容量は無限に増やせます。でもメモリセルの数を増やせばそれだけチップが大きくなります。これはコスト、つまり値段がどんどん高くなることです。

 DRAMなどに比べて記憶容量は少ないのに値段が高くては使ってもらえません。いかにメモリセルを小さい面積に作って同じ大きさの石にできるだけ大きな記憶容量をもたせられるかが大きな課題となります。

 前項で説明したようにメモリセルが1個のトランジスタで済めば、これまで2個のトランジスタが必要だったのに比べてメモリセルが大幅に小さくできます。そして現在、身の回りで目にする機会が多くなったフラッシュメモリでは、さらに回路的な工夫が加えられ、1ビット当たりのチップ面積が大幅に小さくなりました。

 この技術を提案した特許(1)は1987年に東芝社から出願されています。発明者はこれも舛岡氏です。

 前項の図12-2がこれまでのメモリ素子の回路図で、メモリセルが碁盤の目状に配列されています。これに対して新しい回路を図13-1に示します。この回路では4個のIGFETのドレインとソースが直列に繋げられています(この直列接続するIGFETの数は実際には何個でもよく、実際にはもっと多いことが普通です)。またワード線は各IGFETの制御ゲートが接続され、図では削ってしまいましたが、横方向に並ぶIGFETの制御ゲートを繋いでいます。これまでのデータ線に相当する線(ビット線と呼ばれています)は一番上のIGFETのドレインに繋がっているだけです。さらに一番下のIGFETのソースにだけ繋がっている線があります(ソース線と呼ばれています)。

 この回路を半導体基板の上に作ったときの断面図が図13-2です。ビット線は左端のn型領域だけに接続され、右側の各IGFETのn型領域には接続されていません。隣同士のIGFETのドレインとソースは直列接続ですからn型領域を共通に使えばよく、外部の配線はいらないのです。

 従来の回路では隣り合うIGFETのソースとドレインのn型領域は分離しなければならず、1つずつに配線をしなければなりませんでした。これが不要になった分だけ、図13-2の場合は同じ面積のチップに詰め込めるメモリセルの数が多くなるのがおわかりになると思います。また図13-1では4個のIGFETを一組にした場合が描かれていますが、これは図を簡単にするためで、実際にはもっと多くのIGFETを直列接続します。一組の数が多ければ多いほど、配線を省略できる数も多くなるので、1チップに多くのメモリーセルを組み込めます。

 この図13-1の場合をNAND型、図12-2の場合をNOR型と呼んでいます。これは集積回路のところで説明している論理回路と接続が似ているためで、もちろん論理回路として使うわけではなく、あくまでメモリです。

 なおNAND型がすべての点で優れているわけではありません。IGFETを直列接続したため、犠牲になる機能があります。それは動作の違いで説明できます。NAND型の場合、書き込み(浮遊ゲートに電子を入れる)動作を行う場合はつぎのようにすると特許には書かれています。まず上から2番目のセル12-1の浮遊ゲートだけに電子を入れるためにはこのセルに繋がるワード線W12に10V、他の3本のワード線W11、W13、W14にはこれより高い20Vをかけます。この組以外に繋がるワード線(W21~W24)はすべて0Vにします。こうするとこの組の4個のIGFETはすべてオンになります。ここでビット線B1に10Vをかけ(他のデータ線B2他は0Vのままにします)、ソース線は0Vとします。こうするとソース、ドレインが直列に接続されている4つのIGFETのうち、ゲート電圧の低い上から2番目のソース-ドレイン間にもっとも大きな電圧がかかることになります。これによってこのチャンネルにホットエレクトロンが発生し、浮遊ゲートに電子が入ることになります。

 読み出しの場合(上から2番目のセルの浮遊ゲートに電子がいるかいないかを判定する)には、このセル12-1に繋がるワード線W12に2V、他の3本のワード線(W11、W13、W14)にはこれより高い7Vをかけます。この組以外(図示していないものも含め)に繋がるワード線はすべて0Vにします。これでこの組の4個のIGFETはすべてオンになります。ここでビット線B1に小さな電圧1V(図示されていない他のビット線は0Vのままにします)をかけ、ソース線は0Vとします。

 こうするともし2番目のセル12-1の浮遊ゲートに電子がいると、このIGFETはオンになれず、ビット線には電流が流れません。浮遊ゲートに電子がいないと、ゲート電圧2Vでも2番目のIGFETはオンになり、直列に接続されている4つのIGFETのドレイン、ソースを通って電流が流れますので、浮遊ゲートに電子がいるかいないか判断ができることになります。読み出し動作で浮遊ゲートに電子が入ってしまっては困りますから、ワード線、データ線にかける電圧は極力小さくする必要があります。

 最後に消去の場合ですが、すべてのワード線に20V,ビット線、ソース線に15Vをかけます。こうすると各IGFETはゲートよりソース、ドレインの電位が少し低いのでオンに保たれます。そして浮遊ゲートの電子にとっては強いプラス電圧の電極が周囲にあることになり、電子は一番近いドレインへトンネルするか電界放出されるかすることになります。ただしこの場合、4つのIGFETのソース、ドレインは接続されていますから、1つのセルの情報だけを消すことはできず、4つのIGFETの浮遊ゲートすべてから電子が抜き取られ情報は消去されます。

 書き込みと読み出しは1セルごとにできますが、消去は一組になった4つのセル一括でしかできません。1ビットごとに書き込み、消去をしなければならないコンピュータの主メモリーのような用途には使えませんが、ファイルの保存などまとまった情報の記憶ならこれで十分です。このNAND型EEPROM(フラッシュEEPROM)が実現したことで、不揮発性半導体メモリが急速に普及することになりました。

日本語で「フラッシュ」と書ける英語の単語には"flash"と"flush"があります。フラッシュメモリのフラッシュは前者のようです。英語の関係文献をみると"flash"が使われ、東芝社の商標にもこの語が見られます。辞書を引くと"flash"は「閃光」、カメラのフラッシュの意味です。これとメモリとの結びつきがどうもよくわかりません。一方、"flush"の方は水洗トイレの「流す」ボタンのところに書かれているように「どっと流す」といった意味があります。フラッシュメモリの特徴には情報をまとめて消去することがありますのでこちらの方が結び付きやすいような気がします。少なくとも筆者は長らくこちらと信じていたので、どうも腑に落ちません。

(1)特公平6-44612号