電子デバイス/半導体メモリ
16.トランジスタを使った強誘電体メモリ
強誘電体の分極はそれ自体、記憶作用をもっています。しかしこれを広く応用するためにはやはり既存の半導体集積回路のなかに取り込んでいく必要があります。具体的にはシリコンを使ったIGFETと組み合わせることを考える必要があります。
トランジスタをスイッチとして使い、強誘電体の記憶作用を利用したメモリを最初に提案した(と思われる)のはアメリカのラムトロン社で1987年のことです(1)。
分極がもっとも大きいときを「1」、小さいときを「0」とすればメモリができることが提案されています。この時点で強誘電体を挟んだコンデンサをそのままメモリセルにしたメモリはすでに提案されているとして、アメリカ特許が何件か引用されています。
このようなコンデンサだけをそのまま使ったメモリにはいろいろ問題があることが指摘されています。やはり書き込みに当たる分極を反転させる電圧と読み出しのための電圧の設定が微妙であり、読み出した後に情報の書き込みをしなければならないという難点があげられています。また低電圧でも何度か加わると、分極が変化する場合があることも記されています。
これらの問題点を解決するため、トランジスタと組み合わせることが提案されています。図16-1に示す回路はDRAMの場合とまったく同じです。DRAMは常誘電体のコンデンサでしたので、電圧をゼロにすれば分極もゼロになり、記憶も消えてしまいましたが、強誘電体なら電圧をゼロにしても分極は消えずに保たれますので、同じ回路でも不揮発性メモリが実現できることになります。このタイプのメモリは強誘電体"Ferroelectrics"の頭をとってFeRAMと略称されることもあります。
記憶情報の書き換えはDRAMと同じように、ワード線から選択するIGFETのゲートに電圧をかけてオン状態とし、ワード線からソース-ドレイン回路を通してコンデンサに電圧をかけて分極させます。読み出しも基本的にはDRAMと同じで、1と0に対応する2種類の分極の状態をオンにしたIGFETのドレイン電圧から判定して行います。書き換えは分極の反転によるわけですが、電圧をかけてから分極が起こるまでの時間は非常に高速で、DRAMと同じような早さをもっています。浮遊ゲートを使った不揮発性メモリの書き換え速度はこれよりずっと遅いので、強誘電体メモリに対する期待は大きかったのです。
ではなぜ広く使われるようになっていないのでしょうか。これはやはり強誘電体材料の難しさにあるように思います。強誘電体の分極特性は結晶の質によって大きく影響を受けます。つまりバルクの強誘電体結晶はきれいなヒステリシス曲線の特性を示しますが、半導体メモリとしてトランジスタと一緒に作り込むには強誘電体を薄膜にする必要があります。
図16-2は同じラムトロン社の後続の特許(2)に載っている素子構造例の概略です。ソースとドレインがSi基板の表面に作られIGFETとなっています。ソースの上にある層が強誘電体薄膜です。強誘電体の具体例としてはPZTが使われています。PZTというのはチタン酸ジルコン酸鉛というよく知られた強誘電体で、チタン酸鉛とジルコン酸鉛の混晶です。化学式はPb(ZrxTi1-x)O3と書かれます。x=0.525付近で結晶構造が変わることが知られていて、この付近の組成で使用されます。
この特許では溶液を塗布して作る薄膜の形成方法が書かれていますが、最近では気相の成長方法も使われています。しかし薄膜にすると結晶の質が悪くなってしまうのは否めません。強誘電体としてよく知られているのは、PZTの他、チタン酸バリウムなど酸化物が多いですが、これらはSiやGaAsなどに比べるとエピタキシャル成長が難しく、また図16-2のように電極の間に作れる強誘電体膜はせいぜい多結晶のはずで、良質の単結晶に比べると強誘電特性はどうしても劣ったものになります。また何度も分極の反転を繰り返しているうちに特性が劣化してしまうこともあるようです。
このようにSiとSiO2と金属膜、それにせいぜい多結晶Siだけで作られているIGFETに違った種類の材料を持ち込むのはかなり大変なことです。これが強誘電体メモリが期待されながらなかなか普及しない原因のように思います。
(1)米国特許US4873664号 (対応日本出願、特開昭63-201998号)
(2)特開平02-304796号