光デバイス/発光ダイオード
55.発光ダイオードを作る方法(基板の問題)
前項では、発光ダイオードを作る基本的な手順について紹介しました。その第一段階は、「発光層などの半導体の積層構造を基板上に作る」ことでした。ここでいう「発光層などの半導体の積層構造」は高い効率で発光を起こさせるために欠陥の少ない結晶層であることが求められます。
基板の上に単結晶の積層構造を作るにはエピタキシーという現象が利用されます。これは結晶基板の上に液体や気体状にした原料の原子を降り積もらせると、基板の原子の並びを引き継ぐように原子が並び結晶の層が成長するという現象です。これを利用した結晶成長法をエピタキシャル成長法と呼びます。有機金属化学成長法(MOCVD)もその一種です。
この方法で基板上に成長する原子の並びは原理的には基板の原子と同じにしかなりません。基板と結晶内に並んだ原子間の距離(格子定数)の違う物質を成長させようとすると、基板表面にやってきた原子は原子間の距離を基板に合わせるように押し縮められたり、引き伸ばされたりします。これによって成長する層のなかに応力が発生します。積み重なる原子の層が厚くなると、応力に耐えられなくなって層に裂け目が入ったりすることになります。これが格子不整合による転位などの欠陥の発生です。
格子定数は物質によって違うのが普通ですから、これは非常な制約になります。成長したい物質と同じ基板がいつも使えるとは限りません。しっかりした基板になるような厚く面積の広い大きな結晶が得られる物質はそう多くないからです。さらに成長する層もヘテロ接合のように異なる物質を重ねたい場合が多く、ここでも格子定数の違いは問題になります。
そこでいろいろな工夫がなされています。例えば格子定数のわずかのちがいなら発生する応力も小さく何とかエピタキシャル成長が可能なので、少し格子定数の違う物質を何層にも重ねて、格子定数を少しずつずらし、最終的に目的とする物質を得る方法があります。あるいは基板と結晶層の間にバッファ(緩衝)層という層を挟み、その上に結晶層を成長させます。バッファ層の材質をうまく選ぶと、変形やゆがみによる欠陥の発生はこのバッファ層内に集中して、その上には欠陥の少ない結晶が成長できることがあります。なぜうまくいくのか本当のところはよくわからない離れ業的な技術ですが、よく利用されています。
GaN系の発光ダイオードではサファイアが基板として使われることが多いのはよく知られています。GaNは基板となるような塊(バルク)の結晶ができないため、何か他の材料を基板にするしかなく、選ばれたのがサファイアです。もちろんSiとかGaAsとかよく使われている半導体の単結晶基板は試されたはずですが、もっとも成績がよかったのがサファイアだったのです。
その理由はサファイアがGaNと同じ結晶系である六方晶系であるためと思われます。ただし格子定数は大きく違いますので、バッファ層を入れるのは必須です。バッファ層としてよく用いられるのは低温成長のGaNとかAlNとかです。これらはあまり結晶として完全なものではないため、基板と上層との間の格子定数の違いをここで吸収してくれるものと思われます。上記の「離れ業」です。
ただサファイアは酸化アルミニウムの結晶で絶縁体ですから、基板を通して電流を流すことができません。このため、半導体基板を使った場合のように基板の裏面を電極にすることができないという制約があります。また、電流と同じように熱も通しにくいので、放熱がしにくく、素子の温度が上がりやすいという問題もあります。
このような問題を解決するために考えられた方法をここでは紹介します。
図55-1は発光ダイオードを作る手順を示しています(1)。この方法はまず(b)のように基板の上に発光層を含む結晶の半導体層を成長します。基板表面には(a)のようにあらかじめ犠牲層と呼ばれる層を形成しておきます。
この成長が終わると成長用基板の役割は終わりになるので、取り除いてしまおうというのがこの方法の考え方です。「犠牲」層とは変な言葉と思われるかもしれませんが、後で基板を剥がすためにこの層を取り除く、つまり犠牲にするという意味でこう呼ばれます。 基板にはもう一つの役割があります。結晶の積層膜は薄く、基板を取り除くと割れやすくなります。基板はこれを支える役割も担っていたわけです。そこで支える目的の支持基板を新たに取り付けることが考えられました。新たに取り付ける基板を導電性のものにすれば、最初の問題は解決されます。
そこで結晶成長を終わり、必要に応じて(c)のように素子分離の加工を行ったのち、成長用の基板とは反対側に(d)のように支持基板を貼り付けます。その後(e)のように成長基板を取り除けば、事実上、基板が交換されたのと同じことになります。
基板を取り除く方法は研磨したりエッチングしたりすればよいのですが、これらの方法はかなり厚い硬い基板を全部削ったり溶かしたりするので、時間もかかり資源の無駄遣いにもなります。
そこで登場したのがレーザリフトオフ(レーザアブレイションともいう)という方法です。成長基板がサファイア基板であれば、成長基板側からレーザ光を照射します。レーザ光はサファイアを透過して犠牲層に照射され吸収されます。これによって犠牲層が融解、蒸発し、すなわち犠牲になって基板が剥がれます。短時間で済むうえ、成長基板も原形を保つので、再利用が可能です。
一方、支持基板の接合は接着剤やはんだなどによって接着するのが簡単です。この他、直接圧着する方法もあります。半導体基板等を加熱し圧力をかけて押しつけると基板が接合できます。接着剤などを介在させずに接合できる利点がありますが、圧力を加える必要があるため、割れを起こさないように注意が必要です。
成長基板を取り除いた後、(f)のように露出した積層構造の表面に電極を着けます。最後に(g)のように個々の素子に切り離します。
基板を取り替えることにより、結晶成長に適した基板と結晶層の支持、電気伝導性、熱伝導性を兼ね備えた基板の両方の利点をそれぞれ生かすことができます。
(1)特開2007-73986号