光デバイス/発光ダイオード

54.発光ダイオードを作る方法(標準的な手順)

 発光ダイオードの製造方法については、先の項のところどころで紹介してきましたが、全体を通しての工程(プロセス)については説明していなかったので、ここで触れておきます。

 発光ダイオードは比較的単純な構造なので、製造プロセスはそれほど複雑ではありません。基本的には  A.発光層などの半導体の積層構造を基板上に作る。  B.この積層構造の表面に電極を着ける。 の2段階です。

 ただ製品の場合はもちろん、研究開発の目的でも1つずつ個別に素子を作ることはまずありません。ウェハなど一定の広さをもった基板の上で上記2段階のプロセスを行い、通常は最後に  C.チップを切り分ける。 段階が必要です。

 ここでは6項で説明した横型タイプを例に考えます。このタイプはGaNなど窒化化合物半導体の発光ダイオードでよく使われる片側表面に正負の電極がともに設けられた構造です。典型的な製造手順(1)図54-1を見ながら順に見ていきましょう。

A-1.成長基板の準備  発光ダイオードは半導体結晶薄膜で作られますから、その膜を支えるための基板が重要です。結晶薄膜の成長は通常、エピタキシャル成長という方法で行われます。エピタキシャル成長には下地(基板)の原子の並びに従って上に成長する膜の原子の並びが決められるという原則がありますから、エピタキシャル成長がうまくできるかどうかはこの基板の選定と前準備で決まると言えます。エピタキシャル成長のための基板は、上記の原則からこれも結晶である必要があります。しかしある程度の大きさをもった質の良い結晶が作れ、これをウェハ状に加工できる材料はSiとかGaAsなど少ない種類に限られています。

 例えばGaNは基板として使えるような単体の結晶(バルク結晶)ができないことが知られています。このためやむなく異種材料ですが結晶構造が似ているサファイア(Al2O3結晶)を選び、何とかGaN系のエピタキシャル成長ができるようになりました。

 またエピタキシャル成長には基板と成長膜の原子の間隔周期(格子定数)がほぼ一致していることが重要です。この格子定数については18~22項で詳しく取り上げています。

 さらにいくら適切な材料を選んでも実際に結晶を成長させるとき、基板表面が汚れていたり、傷んでいたりしてはうまくエピタキシャル成長ができません。このため成長前に有機溶媒での洗浄や酸、アルカリ等によるエッチングなどが行われます。またよく行われるのがサーマルクリーニングと呼ばれる方法です。これは結晶成長容器に入れた基板を真空中または不活性ガス中で高温に加熱し基板表面の付着物を蒸発させて取り除く方法です。この後、結晶成長が行われるまで、基板は結晶成長が行われる容器中に置かれていますから、再び汚染される可能性は低いことになります。

A-2.エピタキシャル成長  図54-1(a)に示すように、基板(ウェハ)上に発光ダイオードを構成する層、例えば順にn型半導体層、発光層、p型半導体層をエピタキシャル成長させます。代表的なエピタキシャル成長方法は有機金属気相成長(MOCVD)法です。この例では半導体層は3層ですが、最低限必要なのはn型層とp型層の2層です。さらに必要に応じて層を設ける場合があります。例えば基板とn型層の間に結晶成長時に発生する欠陥を減らす目的でバッファ層を設けたり、p型層の上に電極とオーミック接触しやすくするためにコンタクト層と呼ばれる層を追加したりします。いずれにしても基板上に一様な層が作られます。

.電極形成  つぎに電極を着けます。電極はn型半導体層とp型半導体層の表面にそれぞれ接触するように設ける必要があります。エピタキシャル成長まではウェハ上に一様に結晶層を成長すればよかったのですが、電極は最終的に1つの素子(チップ)に一組ずつ必ず必要です。そこでこの段階で最終的なチップの形、大きさを決め、ウェハ上にそれを複数配置するやり方を決めなければなりません。

 図54-2は典型的なウェハの形を示しています。ほとんどの製品として供給されるウェハは円形です。ウェハの原形であるバルク結晶は、それを成長させる方法によって円柱状の結晶になる場合が多いです。この円柱状結晶をスライスしてウェハが作られるため、ウェハは多くの場合、円形で供給されます。この製品ウェハは通常、図のように、下部が直線状に一部欠けています。これはオリエンテーション・フラット(通称オリフラ)といって、円形ウェハの結晶の軸方向を示すように作られる決まりになっています。具体的にどの方向にするかは製品仕様によって決められます。

 後の工程でのチップへの切り離しのしやすさを考えると、図のようにチップを矩形とし、その一辺をオリフラに平行にするのが便利です。図ではチップは4個しか描いていませんが、普通はウェハ表面のほぼ全体にわたって配置します。1枚のウェハからできるだけ多くの素子を作る方が効率的だからです。ここで描かれている縦線、横線がチップの区切り線です。電極を着ける段階で実際に溝などが作られる場合もありますが、まだこの段階では実態がない場合もあります。ここでは縦横3本ずつしか描かれていませんが、チップがウェハ全面に作られる以上、縦横に平行な区切り線もウェハ全面にあることになります。直径2インチのウェハ(ウェハの直径はインチ単位で示されることが多い)に300μm間隔で区切り線を作るとすれば、2インチは大体5cmですから、160本以上作られることになります。

 こうして配置が決められたチップの一つ一つに正負の電極を着けることになります。横型タイプの発光ダイオードの場合は、表面側にn型半導体層とp型半導体層のそれぞれに電極を着ける必要があります。正電極(アノード電極)の方は最上層のp型層に着ければいいですが、負電極(カソード電極)を着ける必要があるn型層は基板と発光層に挟まれて表面に露出していません。そこで図54-1(b)に示すようにp型層と発光層の一部分(破線で囲った部分)を削り取ってn型層を露出させ、そこに電極を着けます。

 電極は小さな金属膜です。これを作るにはフォトリソグラフィという標準的な技術が使われます。この技術についてはここでは省略し別に紹介します。

.ウェハ切断、素子分離  あとは素子を一つずつに切り離してチップ状にして完成です。この切り離しにもいろいろな方法があります。いきなり刃物で切ってしまう方法をダイシングと言います。ウェハの裏側に粘着シートを貼って切り離したときにチップが飛び散らないようにしたうえで、高速で回転する刃でウェハを切ります。半導体結晶は硬いので刃はダイヤモンドをコートしたものを使います。この方法は結晶の方位に関係なく切断できますが、少なくとも刃の厚さ分の切り代が必要でウェハの無駄が多くなり、またチップが欠けたりすることも起こりやすくなります。

 よく使われる方法は、切断する方向に沿ってウェハに溝を作り、その溝に沿ってウェハを割る方法です。このとき溝の方向が結晶軸に沿っていると、結晶はその方向には割れやすいので容易に切断ができます。結晶面に沿って結晶が割れることを劈開(へきかい)と言います。上記のようにオリフラを利用して溝の方向を決めると、溝の方向が結晶軸の方向になるので、この溝に沿った劈開がしやすくなり、便利です。

 溝を作る方法はいろいろあります。上記のダイシングで完全に切断せず、刃をウェハの厚みの途中で止める(ハーフカットという)方法があります。またスクライブといって刃物で傷を付ける方法もあります。機械的でなく絞ったレーザ光を走査しながら照射し、熱でウェハを融解、蒸発させる方法もあります。エッチングでも溝は作れます。

 ところでサファイア基板は六方晶系の結晶形をもっています。これはGaNも同じです。この結晶形の場合、C面と呼ばれる面をウェハの表面にする場合が多いのですが、その場合劈開しやすい方向はウェハ面上の正六角形の辺の方向になります。つまりオリフラを一つの結晶方位に一致させると、これと直角方向は劈開面になりません。立方晶系のGaAsなどではこのような問題は起きません。

 劈開は刃先の鋭い刃物を溝部分に当てて押す方法で行われるのが普通です。ウェハは粘着シートに貼られているので、切断後も散らばりません。シートは伸びるので直角な2つの切断方向に引き延ばすと個々のチップの間に隙間ができます。この状態で真空吸着などを使って個々のチップを取り外すことができます。

(1)特開2002-252185号