光デバイス/半導体レーザ

55.光記録

 半導体レーザはCDやDVDなど光ディスクへの情報の書き込み、読み出しにも使われています。半導体レーザが使われている数としてはこれがもっとも多いので、「 にも使われている」というのはむしろ適切ではないと言えます。

 そして同じ半導体レーザといっても光通信用とは求められる特性がまったく違っていることに注意すべきです。光ファイバ通信ではレーザの波長は光ファイバの伝送損失の少しでも小さい波長を選ぶことが重要です。とくに伝送距離が長ければ長いほどその影響は大きくなるので、長距離通信用ではとくに波長が限定されます。これに対して光ディスクの読み書きは光を至近距離でディスクに照射するので、このようなことは関係ありません。

 光ディスクはどのような原理で情報を記録しているのでしょうか。現在CDやDVDにはいろいろな種類があります。一般のユーザからみると、書き込まれている情報を読み出すだけのものが一つ。音楽用CDやデータが記録されたCD-ROMがこれに当たります。もう一つは読み出すだけでなく、書き込むこともできるものです。CD-RとかCD-RW、多くの種類のDVDがこれに当たります。これには何度でも書き込めるものと1回だけしか書き込めないものとがあり、いろいろな規格のちがう種類があって複雑です。

 ここでは光ディスクの原理の詳細を説明するのが目的ではありませんので、読み出すだけのディスクについて説明します。このような光ディスクではディスク面に小さな孔(ピット)を開け、それがあるか無いかで1,0の情報とします。

 孔の有る無しは光(レーザ光)を当てて、その反射の強弱で判断します。孔は円板の円周に沿って作られた溝(トラック)の中に作られ、ディスクが回転することによってレーザ光がトラックに沿って照射されます。図55-1(a)はこのディスク上の3トラックの一部分の孔(ピット)の様子を簡単に示したものです。ピットは本当は円周上に並んでいるのですが簡単のために直線上に描いています。孔の開いているところと開いていないところの長さがまちまちなのは1が続いたり、0が続いたり記録した情報によるからです。

 ディスクが回転すると孔が例えば図の右から左に移動し、レーザ光のスポットが並んだ孔の上を次々に通過することになります。しかし孔そのものは幅が0.5μmで隣のトラックの孔との間隔がわずか1.6μmしかありません。このため照射する光のスポットの径は1.6μmより小さい必要があります。

 図55-1(b)はディスクの断面を示したものですが、レーザ光はレンズで集光され、ディスクの裏側からピットのある面に照射されます。しかしレンズの性能がたとえ非常によくても回折現象があるので、集光できるスポット径には限界があります。この限界は波長が短いほど小さくなります。つまり使うレーザ光の波長は短いほどよいのです。

 青色の半導体レーザが開発されたのは比較的最近のことです。そこで最初のCD用にはもっとも早く実用化されたAlGaAs/GaAs系のレーザでもっとも波長の短い0.78μmのものが標準的に使われました。その後開発されたDVDのブルーレイはその名の通り青色の光が使われています。DVDはCDよりトラックの間隔が狭く、波長の短いレーザが必要なのです。

 光ディスク装置ではレーザ光をディスクに照射し、反射光を受光素子で受けて記録されている情報を読み出します。ところが反射光が何かの理由で半導体レーザに戻る場合があります。半導体レーザはこの戻り光が活性層に入射すると不安定になる性質があります。自分が出射した光ですから誘導放出を起こせる波長をもっているわけで、不要な光増幅が活性層中で起こってしまうために光の強度が変動したりします。光ディスクの装置ではレーザ自身の出射光強度が変動してもそれが記録されている情報としてみなされてしまうので、このようなことが起こると非常に困ります。

 この戻り光は光通信でも困るので防がなければなりません。光通信の場合は光アイソレータという光を1方向しか通さない素子を半導体レーザの前に置くという対策がよくとられます。しかし光ディスクの装置ではそのような部品を置くスペースがなく、またそのためにコストが高くなっては困るのでこのような手段は使えません。

 光通信の場合は単一モードの光を使うことがとくに長距離の伝送には必要ですが、光ディスクの場合は多モードの光、つまり複数の波長の光が狭い波長範囲に発生していてもとくに問題はありません。この多モードで発振するレーザは戻り光によってあまり影響を受けません。一つ一つのモードは同じように影響を受けるはずですが、たくさんのモードの光が同時に変動することは少ないので、全体としては影響が目立たないということが言えます。

 そこで多モード発振するレーザの使用が考えられました。多モードのレーザというと利得導波型のレーザがありますが、利得導波型レーザは出射光が複数のピークをもっていたりします。これは小さく集光できないということで、光ディスク用には使えません。以前に説明しましたが、普通のファブリペロー型のレーザは直流動作では単一モードでも電流をオンオフさせると多モードになってしまう性質があります。光ディスクでは光がオンオフされていてもそれが読み出しの情報のオンオフより非常に早ければ問題ありません。

 多モード化するためには2つの手段が考えられました。ひとつは駆動電流に高周波を載せる高周波重畳法という方法です(1)。もう一つはレーザの構造に工夫を加え、直流で駆動してもパルス動作するようにしたレーザです(2)。自励発振型レーザと呼ばれています。

 図55-2は自励発振型レーザの断面構造一例です。この例は35項で説明したAlGaInP系赤色レーザと同様の構造ですが、リッジ導波路型の上側クラッド層と光ガイド層の間に可飽和吸収層という層が挿入されています。可飽和吸収層は光の強度が低いときは吸収係数が大きく光吸収層としてはたらきますが、光強度が高くなると吸収が減少し光を透過するような性質をもった層です。この層は活性層と同様のGaInP/AlGaInP量子井戸層ですが、歪量子井戸となるような組成を変え、敢えて欠陥が多くなるようにしています。なぜ可飽和吸収特性をもつようになるのかについてはここでは立ち入りません。

 自励発振が起こる原理はつぎのようなものです。可飽和吸収層は屈折率を活性層とクラッド層の中間にしてあります。活性層で発生した光は可飽和吸収層があるために上側に漏れ出しやすくなっています。光が強くなればなるほどリッジ周辺部から漏れ出す光の量は多くなります。このためレーザ発振が始まってレーザ光がある強度に達し上方に漏れてしまう光がある程度以上多くなるとレーザ発振が停止しそうになります。しかし電流は注入され続けているので、発光が起き続け光が弱いうちは漏れ出す量が少ないのでレーザ発振が再開します。これが安定して繰り返されるように設計すれば振動が続くことになります。以上の説明からも推測できるように自励発振はかなり微妙な条件のもとに起こっていると考えられます。そこでこれを安定に動作させるためにいろいろな素子構造が工夫されています。

 以上のように光ディスク用の半導体レーザは短波長であってよく集光できるようにビームの形がきれいであることがまず必要です。さらに戻り光があることは避けられないので、戻り光があっても悪影響が出ないような対策が講じられていることが必要と言えます。

(1)特開昭56-037834号

(2)特開平10-163566号

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