光デバイス/半導体レーザ
54.波長多重光通信
1本の光ファイバでできるだけ多くの情報を送るためには、1つの信号をできるだけ早く送るようにして、一定の時間に送れる情報量を増やす方法があります。しかし無限に早くすることはできません。ではどうすればよいでしょうか。
前項でも少し触れていますが、光には波長が違うと干渉し合わないという性質があります。この性質を使う手があります。例で説明しましょう。
いまAさんはS1という信号をBさんに送りたいとします。またCさんはS2という信号をDさんに送りたいとします。S1は例えば”01010101”で、S2は”01010111”だとします。後ろから2つめ(2ビット目)だけ0と1が違います。
この2つの信号S1とS2を同時に1本の電線に電気信号として、つまり電圧の高い低いで1と0を表した信号で送ってしまうと両方に信号は混じり合ってしまい、送られたBさんとDさんは自分あての信号が何かまったくわからなくなってしまいます。Bさん、Dさんにうまく伝わるようにするためには、S1とS2がまったく重ならないように時間帯を分けて送る必要があります。例えばAさんがS1を送り終わってからCさんはS2をおくればよいわけです。
しかしこのやり方では、2つの短い信号なら待っても大したことはないですが、たくさんの人が長い信号を同じときに送ろうとすると待ち時間が長くなって渋滞が起こってしまいます。
ところが光信号として、つまり光の強弱で1と0を表した信号として、S1とS2を違う波長λ1とλ2の光に載せてやれば、同時に1本の光ファイバに入れても後でまた2つに分けることができます。AさんがBさんにλ1という波長で信号を送ると知らせてあれば、Bさんはλ1とλ2が混じって送られてきた光からλ1の光を分離してS1という信号を受信することができます。
このようなやり方を波長分割多重方式あるいは簡単に波長多重方式と呼びます。英語ではWavelength Division Multiplexing 方式と言い、略してWDM方式と言うこともあります。システムの概略は図54-1のようなものです。さらに2人増やして4人が信号を送れる例にしてみました。
LD1~LD4はそれぞれ発光波長がλ1~λ4の連続光を発生する半導体レーザです。MOD1~MOD4はLD1~LD4の光を電気信号S1~S4に従ってオンオフ(変調)する光変調器です。あまり信号が高速でなければ、光変調器は無くして半導体レーザに直接、信号を入れて光をオンオフすることができます。
λ1~λ4の波長の光は光合波器で1本の光ファイバに合流させます。信号は光ファイバを伝わって受信側に届きます。ここで光分波器によって再びλ1~λ4の波長の光に分けます。この光分波器にはフィルタとか回折格子のように波長によって光を分けるはたらきをする素子を使うことができます。
各波長の光はそれぞれ別々の受光素子PD1~PD4によって電気信号に戻されます。受信側ではだれからの信号がどの波長で来るかを知らされていれば、その波長に対応する受光素子から出力される信号を受け取ることができます。
ここでは4つの波長の例で説明しましたが、波長の数は多ければ多いほどたくさんの情報を同時に送れます。しかし光ファイバが光を減衰させずに通すことのできる波長の幅はそんなに広くないので、使える波長の幅には限界があります。石英系光ファイバがもっとも損失が少ない状態で使えるのは1.55μmを中心にわずか100nmくらいの波長幅です。もっとも大量に情報を送らなければならない路線では、この波長幅のなかで100以上の波長の違う光を使います。そうすると使う波長の間隔は1nmより小さいことになります。
となると図54-1のLD1、LD2・・・として、1nm未満しか波長の違わない半導体レーザを100個も用意しなければならないことになります。これはとても難しいことで、どのように実現するかにはいろいろな考え方があります。活性層の半導体の組成を少しずつ変えて発光波長の違うレーザを作るという考え方もありますし(1)、半導体は同じもので作り、動作させるときに波長を調整する手段を設けるという考え方もあります。47項で取り上げた波長可変半導体レーザはこの手段として開発されたとも言えます。
前者の考え方では、少しずつ組成の違う活性層を1つの基板上に並べて作る方法があります。基板の上に少しずつ幅の違う隙間を開けたSiO2マスクを作り、その上からInGaAsPを成長させると、マスクの上には成長せず隙間だけに結晶が成長する性質があります。隙間の幅が同じなら各隙間に同じ組成のInGaAsPが成長するのですが、隙間の幅が違うと幅の広い隙間にはたくさんの原料が使われるため、各隙間にやってくる原料の量が変わってしまい。隙間の幅によって組成の違う層が成長できます。実際の作り方には工夫が必要ですが、90nmの波長幅内に8つの発光波長のちがうレーザが作製できると報告されています。
図54-2は複数(図54-1に対応させて4素子としました)のレーザ(波長が安定なDFBレーザが使われます)と導波路、光合波器、さらに光増幅器を1基板上に集積した素子を示しています(1)。要素としては図54-1の左半分に対応していますが、光変調器は省かれ、光増幅器が加わえられています。もちろん右半分の光分波器と受光素子も同様に集積化が可能です。
半導体レーザの発振波長は温度が1度変わると0.1nmくらい変わります。ということは数度変わると隣の波長になってしまうわけで、普通に室内に置いておくと季節の温度変動でも支障が起こります。このため容器に入れて一定温度で動作させるように温度をコントロールしなければなりません。逆に47項で触れたように温度を変えて発振波長を設定するという考えもありますが、いずれにしても48項で説明したような方法によって正確な温度コントロールが必要になります。
長距離通信用のシステムは通信基地に設けられているもので、そこには半導体レーザだけでなくシステム全体を構成するたくさんの先進技術が駆使されています。これらは我々一般の人間には馴染みが薄いのですが、日々使っているインターネットや携帯電話による通信を支えているのはこのような技術なのです。
(1)特開2002-289971号
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