光デバイス/半導体レーザ

46.長波長系垂直共振器型面発光レーザ

 垂直共振器型の面発光レーザ(VCSEL)は当初の予想に反してAlGaAs/GaAs系で発光波長が0.85μm前後のものが先に実用化されました。予想では最初に低温パルス動作が確認されたGaInAsP/InP系で発光波長が1.3~1.6μmのものの方が素性がよさそうに思われていました。

 そう考えられた主な理由はGaAs系は非常に酸化されやすいAlを含むのに対し、InP系は酸化による劣化が少ないことです。酸化に関する問題自体は間違っていたわけではなく、今でも課題として残っています。InP系での成功が遅れたのは別の理由でした。

 GaInAsP/InP系で最大の問題点は高い反射率をもつ多層膜反射鏡を実現するよい材料がないことでした。多層膜反射鏡は高屈折率材料の膜と低屈折率材料の膜を交互に積層して作りますが、高い反射率を得るには、2つの材料の屈折率はできるだけ違った方がよいのです。垂直共振器を作る場合、条件はこれだけでなく基板との格子整合がとれた組み合わせであることも必要です。GaAs基板の場合にはAlAs(またはAlGaAs)とGaAsの組み合わせがありました。室温、波長0.9μmでの屈折率はGaAsが3.59、AlAsが2.97とおよそ差が0.6あります。

 InP基板の場合これに匹敵するものが見当たりません。InPとGa0.85In0.15As0.650.35の組み合わせの場合(バンドギャップエネルギーが1.08eV程度に相当)、室温、波長1.3μmでの屈折率は3.21と3.33程度で差は0.12とぐっと小さくなります。屈折率差が小さいと同じ反射率を得るためには、積み重ねる層の数を増やさなければなりませんので、作製が難しく時間も長くかかってしまいます。

 そこでいろいろな工夫がなされました。例えばGaAs基板に整合するGaInPとGaAsの組み合わせで屈折率差が0.3程度とれるとし、これを利用することが提案されました(1)。しかし活性層はInP基板に格子整合したGaInAsPですから同時に成長させるわけにいかず、別々に作って貼り合わせるというかなり苦しい手段が必要です。活性層の上側の反射鏡はもはや無理に半導体を使用する必要はなく、屈折率差の大きく取れる誘電体の多層膜を使用しています。具体的にはSiO2膜とTiO2膜を積層したものです。

 GaInAsP/InP系のVCSELはこのように非常に実現が難しいものだということがわかりました。そこで比較的最近になって新たな提案がなされています。32項で発光波長と材料の関係を説明した際、GaInNAsなど窒素を含む組成ではGaAsと格子整合しかつ1.3μmの発光が可能なバンドギャップエネルギーが得られるものがあることに触れました。そのときはこの波長帯はすでにGaInAsP/InPという確立した材料系があるので、何か特別な利点でもないと使われないだろうと説明しています。

 この特別な理由が長波長帯VCSEL実現のために、まさにあったのです。GaAs基板に格子整合するならば、AlAs/GaAsの反射鏡が使えるからです。

 InP系にはもうひとつ問題点がありました。それはGaAs系ではAlAs層の選択的な酸化で電流を搾る電流狭窄層を容易に作ることができましたが、InP系ではこれもできません。この点もGaInNAs系なら同じようにAlAs層を使うことができます。素子構造の例を図46-1に示します。活性層はGa0.63In0.370.005As0.995井戸層とGaAs障壁層からなる多重量子井戸層で他の層は以下の点を除いてAlGaAs/GaAs系のVCSELと同様です。

 ただ問題がまったくないわけではありません。GaInNAsにはAlが拡散しやすくしかも拡散したAlは酸素を引き寄せやすい性質があります。活性層に酸素が入ると電子を捕らえる準位ができて発光をじゃまするのです。AlAs/GaAs反射鏡を使ったり、AlAs酸化層を使ったりするとこの問題が発生しやすくなります。反射鏡と活性層の間にAlを含まない層を入れたりする対策が必要になります。上記の例ではGa0.5In0.5P層(非発光再結合防止層という名前で呼んでいます)をスペーサの外側に挿入しています(2)

 Ⅴ族に窒素ともう一つ(砒素かリン)の元素を含んだ4元系を使う方法以外にも長波長面発光レーザを実現する試みはいくつかあります。GaAs基板系では活性層の量子井戸層にアンチモン(Sb)を含むGaAsSbを歪みの入った層として用い、他の層はすべてAlGaAsで構成した1.3μm帶VCSELの例があります(3)

 また全層をエピタキシャル成長するのは諦め、貼り合わせ技術を使った例もあります(4)。InP基板上にInGaAsP系で下部多層膜反射鏡から活性層量子井戸、上部クラッド層、さらには周囲の埋め込み層まで形成したものに、別に作製したAlAs/GaAs系多層膜またはTiO/SiOなどの誘電体多層膜を上部反射鏡として貼り合わせた1.55μm帶VCSELの例などがあります。

 このように1.3μmや1.55μm帯のVCSELはまだ問題を抱え、決定的な構成ができるには至っていないようですが、入手できる製品もあります。次第に大規模な通信システムの光源として使われるようになってきそうです。

(1)特開平8-340146号

(2)特開2002-252405号

(3)特開2000-012971号

(4)特開2001-015394号

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