光デバイス/半導体レーザ

45.垂直共振器型面発光レーザの実用化

 垂直共振器型面発光レーザを室温で連続動作させるためには、光の増幅利得を確保する必要があります。そのための手段としては光共振器の2枚の鏡の反射率を高くして光をできるだけ長く共振器内に留めることが考えられます。反射率が高いと外部に取り出せる光の量は減りますが、レーザ発振を持続させることが先決ですから、これは仕方ありません。

 実際にどの程度の反射率が必要かというと、99%より大きい値と見積もられています。特定の発光波長でこれだけの高い反射率が安定して得られ、しかも残りが吸収されずに透過しなければならないので、金属の鏡では実現は難しいと思われます。

 このような要求に適した反射鏡は回折格子によって得られます。面発光レーザの場合は凹凸の刻みを持った回折格子を使うのは難しいですが、高い屈折率の膜と低い屈折率の膜をそれぞれ1/4波長の厚みで交互に積層した多層干渉膜を使えば実現が可能です(ただしこの波長はこの膜の中での波長です)。

 反射の原理は回折格子と似ています。高屈折率膜と低屈折率膜の界面で光の反射が起きますが、多層膜なので界面はたくさんあり、各界面での反射は、膜厚が1/4波長のとき強め合うように重なるので、反射率は高くなります。このような多層膜反射鏡のこともDBRと言うことがあります。

 このような多層膜を面発光レーザの反射鏡に使うことはかなり早くから提案されていてAlGaAsを用いた反射鏡の構成例が示されています(1)図45-1のように活性層の両側に多層膜からなる上部反射鏡となるp型DBR層と下部反射鏡となるn型DBR層を設けます。このためとくに活性層の下側のDBR層は上層の活性層を続けてエピタキシャル成長できることが望ましく、活性層と格子整合する半導体多層膜とするのが好ましいと言えます。

 DBR層は高屈折率材料の膜と低屈折率材料の膜が交互に積層されます。高い反射率を得るためには数10対の交互積層が必要です(図は簡略化のため実際より少ない層しか示していません)。

 AlGaAsはAlの組成が高くなるほど屈折率は小さくなりますから、Al組成の高いAlGaAs膜と低いAlGaAsを交互に積層した多層膜を作れば反射鏡が得られます。極端な場合はAlAsとGaAsの組み合わせになります。

 何度も繰り返しになりますが、AlGaAsはAl組成を変えても格子定数がほとんど変化しないため、どのような組成の組み合わせでも格子整合した結晶膜の積層ができます。半導体レーザの開発初期にこの点が非常に助けになったことは以前にもお話しましたが、活性層がAlGaAs/GaAs系ならば、多層膜反射鏡の設計においても、Al組成を自由に変えて屈折率を調整できるので大変物作りが楽になります。

 一例として波長0.9μmに対して高屈折率膜としてGaAs(膜厚63nm)、低屈折率膜としてAl0.3Ga0.7As(膜厚66nm)を使用した場合、これを60対積層(総膜厚7.8μm)すると99.7%という反射率が得られるという計算結果が示されています。以上のように多層膜によって反射率の高い反射鏡が設計でき、実際に作ることも可能になりました。

 もう一つの問題はいかに無駄な電流を減らし、小さな電流でレーザ発光を実現するかです。これは活性層の近くで電流を狭い範囲に搾りこめばよいと考えられます。そのような考え方で絶縁層(SiO2)を設け、電流を流す部分だけ孔を開けた構造が、伊賀教授のグループによって提案されています(2)。これによって1988年にAlGaAs/GaAsの垂直共振器型面発光レーザは室温で連続動作が可能となりました。低温パルス発振の確認から8年が費やされています。

 ただ半導体層の間にSiO2膜を挟むには、その前で半導体の成長を一旦止めてSiO2膜を着ける必要があり、面倒です。またその後、半導体膜をさらに成長してもSiO2膜上にはうまく成長できないなどの問題がでます。

 このような問題を解決する良い方法がさらに提案されています(3)。この方法でははじめに一連の半導体膜の成長をすべて終わらせます。このとき電流を搾る位置にAl組成の大きい層(通常AlAs)を入れておきます。少なくともこのAl組成の大きい層までの上部を円筒状に加工します。その後、全体を水蒸気を含む雰囲気中で加熱するとAl組成の大きい層が周囲から酸化され絶縁体の酸化アルミニウム層になりますが、適当なところで酸化を止めると、中央部分は酸化されずに抵抗が低いまま残すことができます。

 図45-1はこの方法で電流狭窄層作った面発光レーザの断面図です。上部DBR層の一番下の層をAlAs層にしておくと、水蒸気による酸化で周囲の部分のみが酸化され絶縁体になります。この酸化の速度はAl組成によって大きく変わるので、反射鏡に使うAlGaAs層のAl組成を小さくしておけば、他の層はほとんど酸化されずに済みます。以上の方法によって活性層の近くで電流を細く搾る構造を作ることができます。この巧妙な方法はその後広く使われるようになっています。

 なお、図45-1の層構造をみると活性層の両側にスペーサ層という層があります。この層の役割を説明しておきます。垂直共振器型の場合、前にも触れましたが、共振器長が端面発光型に比べると非常に短くなります。端面発光型の共振器長は発光波長の数100倍もありますが、垂直共振器の共振器長は発光波長のせいぜい数倍程度になります。こうなると共振器長が波長の整数倍によく一致していないと共振が起きずレーザ発振に悪い影響がでます。

 スペーサ層はこの共振器長を調整するために挿入される層です。図45-2図45-1の活性層付近を拡大したもので、発光の定在波を模式的に描き入れてあります。図で定在波の腹(光強度の大きい位置)が活性層の位置に一致し、電流狭窄層の位置は節(光強度の小さい部分)に一致させてあり、かつ両側のDBR層の端が腹になるようにしてあります。このようになるように調整するのがスペーサ層の役割です(4)。設計時にスペーサ層の膜厚を定めれば、最適な共振動作が得られることになります。

 以上のような工夫の組み合わせによって、0.8~0.9μm帯のAlGaAs/GaAs垂直共振器型面発光レーザは室温で連続動作が可能になり、実用的に利用できるようになりました。こうなると42項で触れたように面発光レーザの特徴が活かせる2次元アレイの形成も可能になります(5)(6)

(1)特開昭59-036988号

(2)特開平3-177087号

(3)特開平9-266350号

(4)特開2004-327862号

(5)例えば特開2000-114656号

(6)例えば特開2015-153862号

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