光デバイス/半導体レーザ
40.半導体レーザの縦モード
半導体レーザの発光波長は材料のバンドギャップエネルギーで決まることを説明してきましたが、この波長は大雑把なもので、実際には同じ材料で作った個々のレーザで発振波長はかなり異なります。これはHe-Neレーザなどのガス(気体)レーザやルビーレーザなどの固体レーザにはない性質です。
ガスレーザや固体レーザでは決まったエネルギー準位間を電子が遷移することによって発光するため、発光波長は精度よく一定になります。これに対して半導体の場合はかなりエネルギーの広がりをもった伝導帯と価電子帯の間を電子が遷移するため、自然放出光の波長はかなり広い範囲に広がります。そのため誘導放出が起こる波長は条件によってかなり変化します。31項で説明した量子井戸レーザはサブバンド間を電子が遷移するため、かなり固体レーザに近い状態と言えますが、それでも問題は完全には解決されません。
7項で説明している通り、2枚の鏡を向かい合わせて光共振器としたレーザ(ファブリ-ペロー型)では、光の波長が鏡の間の距離(共振器長)のちょうど整数倍になったとき、共振が起き、行き帰りの波が完全に重なりあった状態になります。この状態のとき光の増幅がもっとも強く起きますから、レーザ発振が生じることになります。
いま波長の整数倍になったとき、と言いましたが、実はこの波長が曲者です。半導体レーザの場合、2枚の鏡の間、つまり光共振器の中身は半導体です。GaAsやInPなどの半導体の屈折率は大体3.5位ですが、この中での光の波長は屈折率に反比例して小さくなり、空気中(屈折率:1)より小さくなります。屈折率が4なら波長は空気中の1/4になります。
例えば発光波長が800nmである場合、これは空気中の波長ですから半導体中では200nm位となります。半導体レーザの共振器長は普通、1mm以下、数100μm程度です。いま共振器長を200μmとすると、これは波長の1000倍になります。999倍でも1001倍でも共振は起きるので、半導体中での波長が0.2nm変化しても共振は起きることになります。
半導体の屈折率は温度によって変化しますし、流し込まれたキャリアの密度によっても変化します。強い光を出すために大きな電流を流すと半導体の温度は上がりますし、それを抑えたとしてもキャリアの量は増えますから、屈折率は変動します。つまり半導体中の光の波長は変化しやすいのです。
レーザでは共振状態のことを縦モードと言っていますが、ファブリ-ペロー型半導体レーザでは一つの縦モードでもっとも強く発振している場合でもその隣や近くのモードの波長で同時に発振が起きている場合がむしろ普通です。とくに横方向に閉じ込め構造のない利得導波型のような場合はたくさんの縦モードが同時に発振します。
図40-1はその様子を模式的に示したものです。しきい電流をわずかに越えたa点では複数の縦多モード状態で動作しています。電流を増やしてb点になると一つのモード(波長)での発光が強くなり、単一モード動作に近くなってきます。
また、単一縦モードで動作している場合であっても、電流を変えて光出力を変えようとすると、隣の縦モードへ移行してしまう場合があります(図の点c)。これをモード跳び(モードホッピング)と呼びます。この付近の電流で使用していると2つのモード間を行ったり来たりする不安定な状態になることもあります。隣のモードであれば波長の変化は小さいですが、モードが変わると同じ電流でも光出力が変化するのが普通です。一定電流で動作させているのに光出力が変化するのは多くの場合、困ります。
また、一定の直流電流の場合、単一縦モードで動作する場合もありますが、電流をオン、オフさせて使うと、ファブリ-ペロー型レーザは多モード発振になってしまいます。短い時間の間に活性層内のキャリアの数が急激に増減するため、いろいろなモードで発振が可能になるためです。
とくに縦モードが一つでなくても困らない用途もありますし、モード跳びが起きるくらいなら、多モードの方がよいという場合もあります。しかし単一縦モードでなければならないという用途の場合、ファブリ-ペロー型レーザはこのままでは使えません。
光をオンオフしても単一縦モードを維持するような半導体レーザについては次項以降で説明しています。
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