光デバイス/半導体レーザ
39.端面破壊と窓構造
25項に「半導体レーザ実用化に向けての課題」をまとめましたが、第1番目の課題として正常に動作していた半導体レーザが突然壊れてしまうという問題を挙げました。ここではこの問題に触れます。
半導体レーザが実用化に向けて進み始めた初期には、結晶成長技術が未熟だったことなどのために欠陥を含んだ結晶ができてしまう場合も多く、こういう欠陥のある結晶に電流を流すと、欠陥があるところに電流が集中して結晶が融けてしまうというようなことが起きたかもしれません。
現在では非常に品質のよい結晶を作る技術が確立し、このような問題はほぼ解決されています。しかし大きな電流を流し強い光を得ようとする場合、いかに品質のよい結晶でも限界があります。その限界に近い状態になると突然の破壊が起きることがあります。
このような破壊の原因はほとんど半導体レーザから光を取り出す端面の破壊にあることがわかっています。端面では電極から流れ込む電流の一部が結晶表面を伝わって流れやすくなっています。この分の電流は発光に寄与しないので、端面付近では誘導放出が起きにくくなり、光吸収が増加することになります。
光吸収が増えると端面部分の温度が上昇します。バンドギャップエネルギーは温度が上がると小さくなる性質があり、ますます光は吸収されやすくなり、温度はさらに上がるという悪循環に陥ります。そしてついには端面の結晶が融けてしまう事態になります。
融解した部分は電流を止め発光を停止させれば、冷えて固まりはしますが、元の結晶には戻らず、再び電流を流したときに動作したとしても発光の強度は大きく低下し、しきい電流など特性も悪くなってしまいます。最悪の場合には再び発光できなくなります。
このような現象を光損傷といい、英語ではCatastrophic Optical Damage、略してCODと呼んでいます。”Catastrophic”とは「致命的な」という意味で、回復不能な損傷であることを示しています。
この端面の損傷を起きにくくすれば、半導体レーザを高い出力でも安定して使うことができます。そのための工夫は現在でもいろいろ行われていますが、基本的な考え方は端面付近での温度上昇を避けるため光吸収をできるだけ減らすことです。具体的にどうするかというと、 ・端面付近に電流注入をしないようにすること ・端面付近のバンドギャップエネルギーを大きくすること の2つが考えられます(1)。
端面付近のバンドギャップエネルギーを内部に比べて大きくすると、内部で発光した光は端面付近では吸収されなくなりますので、温度上昇は避けられます。このように端面付近での光吸収を防止するための構造を「窓構造」と呼んでいます。窓のように光を通すための構造が備わっているという意味です。しかしこの部分にも電流を注入していると内部より波長の短い光が発光する恐れがあり、それでは意味がありません。そこで端面付近には電流を流さないようにする必要があります。
端面付近に電流を流さないようにするには図39-1に示すようにストライプ状の電極を短くして端面付近には電極が無いようにします。バンドギャップエネルギーを端面付近だけ部分的に変えるにはどうしたらよいでしょうか。端部だけバンドギャップエネルギーの大きい材料の結晶を成長させればよいのですが、これには手間がかかります。もっと簡単にできればそれに越したことはありません。
ひとつの方法は活性層のストライプを両端面まで達しないように加工し、端面付近はバンドギャップの大きいクラッド層と同じ材料で埋める方法がありますが、上部クラッド層を成長する前に活性層を加工しなければならないという難点があります。
もう一つの方法は活性層へのドーピング濃度に差を設ける方法です(1)。中央部分の活性層の不純物濃度を端面付近より高くすると、高濃度ドープした領域はわずかにバンドギャップエネルギーが減少します。これによって端面での光吸収を減少させることができます。
ところで半導体レーザを実際に使用する際には半導体チップをパッケージに入れ、中に不活性ガスを詰めて使うのが普通です。しかしそれでも端面の半導体を剥きだしにしておくと、僅かな酸素によって表面が次第に酸化されてきます。この酸化が進むと端面での反射率が低下し、しかも光が出にくくなる場合があります。これをCODとは区別して反射面劣化と呼びます。これを防ぐために、端面に誘電体膜を着けるという手段がとられます。
なお、手段として不純物の高濃度ドープによるバンドギャップエネルギーの減少を利用していますが、活性層にあまり高い濃度で不純物を入れると光の損失が大きくなるため、現在ではこの手段はあまり使われておらず、他の手段が検討されています。
活性層が量子井戸の半導体レーザが多くなっていますが、この場合には巧妙な手段があります(2)。上記同様に端面付近に不純物を拡散します。これによって量子井戸の薄い層を壊すことができます。薄い交互層だった部分が混じり合って均一な混晶層に変化します。量子井戸で発光した光は量子井戸層と障壁層とが混じり合った混晶のバンドギャップエネルギーより通常小さいエネルギーになりますから、端面付近の混晶層部分では吸収されないことになります。量子井戸を壊して混晶化することを「無秩序化」と呼びます。量子井戸を無秩序化する手段としては、不純物拡散以外にイオン注入などの方法があります。
(1)特開昭57-106192号
(2)特開昭63-124491号
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