光デバイス/半導体レーザ
25.半導体レーザ実用化に向けての課題
1970年に半導体レーザは室温で連続的に動作することが確認されましたが、それに至る経過をこれまで説明しました。これに続く1970年代は半導体レーザを実用的な光源として使うことができるようにする努力がなされた期間です。ということは1970年に連続動作が達成されたからといってすぐに実用化ができたわけではなかったのです。
実用化するにあたっていろいろな問題が発生し、それらをひとつずつ解決していかなければなりませんでした。この項ではどんな問題が起きたのかを整理してみます。
(1)動作停止/破壊 第1番目は発光させてしばらくすると壊れてしまうという問題でした。いわば「突然死」です。現在製品になっている半導体レーザでも決められている範囲を越えて大きな電圧をかけたり、大きな電流を流したりするとあっという間に壊れてしまいます。ですがレーザとして普通に使う程度の電流で動作させていて短時間(数分から数時間)で壊れてしまうようでは実用的に使うことはできません。
この原因は大体が半導体結晶の欠陥にありました。結晶を作る技術が未熟だったり、基板との格子定数が不整合だったりすると、結晶のなかで原子の並びが乱れた部分ができやすくなります。こういう欠陥のある結晶に電流を流すと、欠陥があるところに電流が集中して結晶が融け、これが結晶全体に広がって発光が止まってしまうという故障が起きることがあります。
これを解決する手段は良い結晶を作ることに尽きますが、半導体レーザは他の半導体デバイスに比べて大きな電流を流して使いますから、結晶の加熱を避けるために熱を逃がす工夫をする必要があります。ヒートシンクと呼ぶ熱を良く伝える材料の台座の上に半導体レーザを貼り付けて使うことは普通に行われています。
(2)端面劣化 第2番目の問題はすぐに壊れるというわけではないのですが、段々に特性が悪くなってしまうというものです。具体的に言うと同じ電流を流しているのに時間が経つと段々光が弱くなってしまうような問題です。光の強さを元に戻すには電流を増やせばよいのですが、そうすると素子はより加熱されることになり、劣化が早まってしまいます。
図25-1は電流Iと発光強度Lの関係を示したI-L特性ですが、このような劣化が起こったときのI-L特性の変化を示しています。初期特性が赤色、時間経過後の特性が青色で示されていますが、時間経過とともにしきい電流値が大きくなり、またI-L特性の傾きが緩くなっています。この傾きのことを微分量子効率と呼びますが、電流を増やしたときにどのくらい光の強度が大きくなるかを示し、大きい方が特性は良いと言えます。
この原因はいろいろあると思いますが、代表的なものは結晶から光が出る結晶の端面が悪くなってしまうことです。結晶の表面では原子の並びが途切れているので、欠陥と同じように結合手が空いています。そこを通って電流が流れる場合、発光はせずに加熱だけが起こるようになります。そうなると少しずつ結晶内部に欠陥ができていき、レーザの特性を悪くしてしまうことが考えられます。
これを防ぐためにはレーザ光の出口となる端面に保護膜を付けたり、端面付近が加熱されないような構造にするなどの工夫がなされます。端面破壊の防止策については後の項で取り上げます。
(3)キンク 第3番目は壊れるというのではなく、特性が不安定になるというものです。図25-2のようにI-L特性が途中で折れ曲がったりします。これをキンクと言いますが、電流を増減させたとき、いつも同じ特性にならず不安定な現象です。またこれが起こるとき端面を観察していると光っている部分が少し動いたりします。これによってレーザ光の方向が変わったりしますので、実用上は困ったことになります。
この原因は結晶の乱れとかではなく、電流を増やしていくと起こる変化と考えられています。つまり電流が増えていくと活性層を流れる電流の様子が変わっていきます。例えば段々電流が広がって流れるようになると、発光も広い範囲で起こるように状態が変わっていきます。また屈折率も変わるので、発生した光が閉じ込められる範囲も変わっていきます。このようなことが原因で電流を増やしても光の強度があまり増えなくなったり、発光する位置が変化するようなことが起こります。
これは半導体レーザの構造を、電流を増やしても流れる経路が変化しないように工夫することで防ぐことができます。
以上(1)~(3)は新しいタイプの半導体レーザの開発初期によく起こる問題で、それは半導体の結晶の品質が不十分だったり、素子を構成する材料に問題があったりすることが原因の場合が多くありました。このような材料や製造方法の問題がかなり解決したとしても素子の性能には限界があります。このような限界は多くの場合、熱で結晶が損傷することによるものです。半導体レーザは電流を流し込んで動作させるので、電流による加熱が多かれ少なかれ発生します。
そこで無駄な電流をできるだけ減らすことが必要です。無駄な電流とは発光あるいは光増幅に寄与しないで、熱に変わってしまう電流のことです。このような無駄な電流を減らすためには、これまでも触れてきましたが、キャリア、電流、光をそれぞれ素子(チップ)の狭い範囲に限る(閉じ込める)ことが有効で、そのための素子構造の開発が行われてきました。
キャリアの閉じ込めはこれまでにも説明してきました。キャリアとは結合して光を発生する電子と正孔のことで、これを狭い範囲に閉じ込めて近づけるようにすると結合が起こりやすくなります。この結果、無駄になる電流が少なくなります。このための代表的手段は前項で説明したダブルヘテロ構造です。さらにこれを進めた構造を後の項で示します。 電流の閉じ込めというとキャリアの閉じ込めと同じではないかと思われるかもしれませんが、少し違います。キャリアの閉じ込めはエネルギー構造上の話ですが、電流の閉じ込めは素子内の物理的な位置に電流を流すという意味です。素子全体に光増幅が起きるのに十分な電流を流してしまうと、これは素子を構成する結晶が耐えられないほどの発熱が起こるはずです。そこで素子の構造を工夫して電流が流れる範囲を限定します。その方法はいくつかありますが、後の項で触れます。
光の閉じ込めは熱の発生とは直接関係がありませんが、光増幅の効率を改善し、結果的に電流を減らすことができます。ある限られた範囲に電流を流すと光が発生しますが、この光を閉じ込めないと発散してしまい、光の増幅には一部しか寄与できません。光の閉じ込めには12項で説明した光導波路の原理を使います。
以下の項ではキャリア、電流、光の閉じ込め手段についてそれぞれ詳しく説明します。
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