光デバイス/半導体レーザ

24.ダブルヘテロ接合半導体レーザ

 前項ではシングルヘテロ(SH)構造半導体レーザに触れましたが、ここからダブルヘテロ(DH)構造に至る道はそれほど遠くはありません。SH構造もDH構造もはたらきは基本的に同じだからです。ヘテロ接合はバンドギャップエネルギーの違う半導体を接合することですから、伝導帯や価電子帯に段差ができ、これによって電子や正孔の流れを堰き止めるようにはたらきます。

 ダブルヘテロ構造のはたらきについて少し詳しく説明し、まとめておきましょう。図24-1は通常のDH構造のはたらきを説明しています。一般のDH構造のエネルギーバンド図については既に9項に記していますが、ここではより具体的な例に則した説明をします。

 24-1(a)は具体的な層構成の例を示しています。中央の層がコア層で、GaAsまたはAlGa1-yAsです。その両側の層がクラッド層でこれはAlGa1-xAsとAlGa1-zAsです。

 コア層の材料のバンドギャップエネルギーによってレーザ光の波長が決まります。Alの入らないGaAsならばEgは約1.38eVで波長は0.9μm程度の赤外光となります。Alが3%入ると(上記のyが0.03)、Egは1.46eV位になり、波長は約0.85μmになります。yを0.07位にすると、Egは1.59eV位になり、波長は約0.78μmになります。

 0.85μm帯のレーザはCD(コンパクトディスク)の読み出し用によく使われています。純粋な0.78μmの波長はまだ赤外の範囲で人間の眼には見えないはずですが、実際のレーザ光の強度は(d)に示すように波長に少し広がりをもっているため、0.78μm帯レーザは赤色の光を出しているように見えます。その後、もっと長い波長用にはInPをベースにしたものが使われるようになり、もっと短い可視光用にはGaP系やGaNをベースにしたものが使われるようになりました。これらについては後の項で改めて触れます。

 さてクラッド層の材料の第1の選定条件はコア層よりもバンドギャップエネルギーが大きいことです。上の例ではコア層はyがせいぜい0.1以下でした。上記の数値からみてもわかりますが、Alの成分が増えるほどバンドギャップエネルギーは大きくなりますから、xやzは0.1より大きくすればよいことがわかります。通常0.3.~0.4位に選びます。xとzは何か理由があれば違う値にしてもよいですが、普通は同じ値にした方が結晶成長条件が複雑にならなくてすみます。

 図示はしていませんが、n型クラッド層の下には層構造を支える基板があり、この場合はn型GaAsです。化合物半導体の種類は多いですが、質のいい単結晶基板が入手できる材料は極めて限られています。このGaAsとInPくらいです。化合物以外の半導体に広げてもSiとGeくらいでしょう。GaNは単結晶基板が得られないのでサファイアという酸化物絶縁体を基板として主に利用していて、デバイスの構造もそれに影響を受けていると言えます。

 また、ここで左側(下層)のクラッド層をn型、右側(上層)のクラッド層をp型にします。コア層はn型でもp型でもよいですが、発光する層にあまり不純物が多く入っていると発光効率が低下して好ましくないので、不純物をあえて添加しないことが多いです。いずれにしてもダブルヘテロ接合型のダイオードが形成されます。それをエネルギーバンドからみると、同図(b)のようになります。

 伝導帯にはコア層とp型クラッド層の境界に段差ができ、電子が堰き止められます。価電子帯にはコア層とn型クラッド層の境界に段差ができ、正孔が堰き止められます。それぞれのバンドギャップエネルギーが違うだけなら段差のでき方は他にも考えられます。例えば伝導帯、価電子帯ともコア層の両側に段差ができる場合などです。段差のでき方がなぜこうなるのか、どうやって決まるのかは少しやっかいな問題ですので、ここでは材料の組み合わせで決まってしまう性質であるとだけ言っておきます。

 流れ込んできた電子と正孔はちょうどコア層のところで堰き止められるので、位置的には近いところにいることになり、結合しやすくなり、発光が起きやすくなることが想像されます。

 先程クラッド層の材料の第1の選定条件はコア層よりもバンドギャップエネルギーが大きいことと言いましたが、第2の選定条件もあります。それが同図(c)に描かれています。この図の縦軸は屈折率です。コア層の屈折率はクラッド層より大きく選ぶ必要があります。幸運にもGaAsにAlを加えるほど、屈折率は下がる傾向があります。ですから第1の条件で選んだコア層とクラッド層の組み合わせで、第2の条件もクリアできることになります。

 クラッド層よりコア層の屈折率を高くする理由はこの層構造を光導波路としてもはたらかせようとするためです。コア層で光が発生しても、どんどんクラッド層の方に逃げてしまうと、発光ダイオードならまだよいのですが、誘導放出を起こし光の増幅をさせようとする場合には困ります。発生した光がつぎの光の発生を誘発しなければならないので、光を狭い範囲に閉じ込めておく必要があります。

 同図(d)は光の強度の様子を示しています。コア層の範囲にほとんど光が閉じ込められていることがわかります。この光強度の分布がどのような形になるかはコア層とクラッド層の屈折率の違いで決まります。あまり違いが小さいと図よりも光がクラッド層側に広がってしまうことになります。

 さらにクラッド層の材料の第3の選定条件があります。基板やコア層と結晶の格子定数が一致していることです。これも幸いなことにGaAsの中にAlをいろいろな濃度で入れても格子定数はほとんど変化しません。ですからGaAs基板上にAlGaAsとGaAsを積層する場合には格子整合についてはほとんど考える必要がありません。

 このように初めて成功したAlGaAsとGaAsを使った半導体レーザは多くの幸運に恵まれています。よく言われることですが、他の材料、例えばInPをベースにした研究からスタートしていたら実用化はもっとずっと難しかっただろうと思われます。

(1)特開昭47-13469号(対応アメリカ特許US3691476号)

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