光デバイス/半導体レーザ
14.コヒーレンス
レーザ光の大きな特徴の一つは位相が揃った光であるということです。他の光源ではこのようなことはありませんし、揃っていない位相を揃えるようにすることは難しいことです。レーザでは1つの波長(厳密に言うと実際には波長はある幅をもっています)の発光が起き、2つの鏡の間で共振する成分が増幅されるので、位相が揃った光が得られるわけです。位相が揃った光の性質について少し説明してみます。
光は波の性質をもっていると言われますが、その有力な証拠は干渉を起こすということです。この光が干渉を起こすことを示した実験としてよく知られているのがヤングの実験です。19世紀の初めに行われているので、レーザなどない時代の話です。
図14-1のように光源からの光を狭い幅のスリットS0に通した後、2つのスリットS1、S2に通し、スクリーンを照らすと、明るいところと暗いところが交互になった縞模様が現れます。四角い穴を通して光をスクリーンに当てたら、四角い形にスクリーンが照らされるように思えますが、そうはならないところが不思議な現象です。
この現象は光の干渉で説明されます。まずスリットS0の役割ですが、これは光源からの光を回折させています。この回折という現象も波の性質の一つでレーザ光とも関係しますので、後で説明することにします。ここではスリットS0から一つの波が出て、これがスリットS1とS2の両方に入ると考えます。つまり同じ光が違う経路を辿ることになります。
スリットS1とS2を通った光はそれぞれ違う経路を通ってスクリーン上の各点に到達します。スリットS0とS1の距離とS0とS2の距離を等しくなるようにしたとしてもS1とS2からスクリーン上の1点までの距離(光路長)は違ってきます。この光路長の違いがちょうど光の波長の整数倍になるような点では波は強め合ってスクリーン上のその場所は明るくなります。しかし波長の半分だけ違う点では波は打ち消し合ってスクリーン上のその場所は暗くなります。もちろん光路長の差が2波長分、3波長分・・・となっても明るくなりますし、1波長半、2波長半・・・となる場所は暗くなります。これが縞模様が出る理由で、この縞模様は干渉縞と呼ばれます。
光源が普通のランプのような場合にはスリットS0を取り去ってしまうと干渉縞は見えなくなりますが、レーザが光源の場合はスリットS0なしでも干渉縞がはっきり現れます。このレーザのような光源のことをコヒーレント(coherent)な光源と言い、ランプや発光ダイオードのような光源のことをインコヒーレント(incohereht)な光源と言います。このコヒーレント、名詞形はコヒーレンスですが、コヒーレンスが高い、低いという言い方もされます。日本語では「可干渉性」という訳語が当てられています。
レーザのような光源でも2つの光線の光路長が大きくなっていくと次第に干渉縞がはっきりしなくなっていきます。ヤングの実験のような光学系では光は横方向にあまり広がらないので光路長はそれほど大きくはできないですが、一方の光路を鏡を使って折り曲げるなどの手段を使って長さを稼ぐようにすると、光路長の差が大きくできます。どのくらいの光路長まで干渉縞が現れるかを計り、その光路長差をその光源のコヒーレント長(またはコヒーレンス長)と呼びます。
レーザが長い時間、完全に位相が揃った光を出し続けるなら光路長差が長くなっても干渉は起こるはずです。つまりある時刻に出射した光と少し時間が経ってから出射した光との位相がずれなければ干渉は起こるはずですが、実際にはレーザといえども時間経過によって位相がずれてくるのです。これを時間的コヒーレンスといい、コヒーレント長はこの時間的コヒーレンスの程度を示す量です。半導体レーザのコヒーレント長は数10cmから数m程度ですが、ガスレーザなどでは数10mなどというものもあります。
前に戻りますが、ランプなどの光源の場合、スリットS0の幅をかなり狭めておかないと干渉縞は現れません。これはランプなどでは光が出てくる場所によって位相がばらばらだからです。ところがレーザの場合はスリットS0が無くても干渉が起きます。レーザの場合でも点光源ではありませんから一定の広さの場所から光が出ます。でも違う場所から出る光も位相が揃っているので、スリットS0が無くても干渉が起こるのです。レーザの場合、2つの鏡の両方から反対方向に向かう光を取り出せますが、この2つの光でもよく干渉が起きます。このような場所の違いによる位相の揃い方については空間的コヒーレンスという言葉を使って時間的コヒーレンスと区別しています。
位相が揃った光は干渉を利用していろいろな応用ができます。位相を半周期ずらすことができれば、これと元の光を重ねると干渉で光は消えるので、光をオフにできるスイッチができます。固体の中を通る光の位相は屈折率を変えると変わりますから、実際にこれを使った光スイッチや光変調器が作られています。
しかしコヒーレンスが良い光源がいつも優れた光源であるわけではありません。干渉が起こると困るような場合もあります。レーザはレーザプリンタに応用されていますが、この場合は干渉が起こって干渉縞が出ると、画像に不要な縞模様が出たりして困ります。ディスプレイの場合はレーザの直進する強い光は必要ですが、コヒーレンスが高いと特有のノイズが出てかえってマイナスになりますので、わざとコヒーレンスを悪くするような工夫がされたりしています。これについては後の項で取り上げます。
ヤング(Thomas Young)はイギリスの物理学者です。実験は1805年に行われたと言われています。
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