科学・基礎/半導体デバイス物理
17.容量-電圧特性(その2)
15、16項の説明でははっきりと断っていませんでしたが、これらは非常に理想化した状態に対する議論でした。ショットキー接触で扱ったように金属と半導体の間には通常、仕事関数差がありますが、これも無視してきました。また絶縁体層も絶縁体と半導体の界面も理想的な状態とし、そこにはキャリアとドナー、アクセプタ以外の電荷はまったく無いとしてきました。ここではこれら考慮すると容量-電圧特性は理想状態からどう変化するかを考えます。
1.仕事関数差 実際には仕事関数差がまったくない金属と半導体の組み合わせはないと言っていいでしょう。物質の性質なのでこれはどうしようもありません。この仕事関数差を考慮した場合の容量-電圧特性はどうなるでしょうか。
金属と半導体に仕事関数 \(\phi_{m}\)、\(\phi_{s}\) の差が \(\phi_{MS}\) だけあるとします。図17-1を参照して \[\phi _{MS}=\phi _{m}-\phi _{s}=\phi_{m}^{'}-\phi_{s}^{'}\] と表され、このような場合に金属電極と半導体を短絡して電位差を 0 とすると、ショットキー接触の場合と同様に金属と半導体のフェルミレベルは強制的に一致させられます。仕事関数差に相当する電位差はどこに行くかというと、絶縁体層にかかる電圧 \(V_{0}\) と半導体の表面付近のバンドの曲がり \(\psi_{s}\) になります。 \[\phi _{MS}=V_{0}+\psi _{s}\] \(V_{0}\) と \(\psi_{s}\) とは上式と次式が成り立つように決まります。 \[Q_{m}=C_{0}V_{0}=-Q_{s}\] ここで表面電荷 \(Q_{s}\) と \(\psi_{s}\) は前々項で導いたように1対1の関係ですから \(V_{0}\) と \(\psi_{s}\) とが決まります。
これは言い換えると、外部からかける電圧は 0 でも、半導体表面はこれまでの理想化された場合と違ってフラットバンド状態にならないことを意味します。フラットバンドにするためには外部から \(\phi_{MS}\) に相当する逆の電圧をかける必要があります(図17-2参照)。
フラットバンドを実現するための外部電圧 \(V_{FB}\) をフラットバンド電圧と言い、C-V特性の代表値のように使われますが、このフラットバンド電圧が仕事関数差分だけ 0 Vからずれることになります。 \[V_{FB}=\phi _{MS}\]
2.絶縁体層中の電荷 通常のIGFETに使われる絶縁体層のSiO2はアルカリ金属と親和性があり、とくにナトリウムは人体に多く含まれるため環境に多く存在しますから、取り込まれやすくなります。ナトリウムイオンは1価の正イオンですから、ナトリウムが混入すると絶縁体中でイオン化して正電荷になります。
絶縁体層に電荷があると、表面に電界が発生するので、見かけ上表面電荷が変化し、その影響でC-V特性、言い換えればフラットバンド電圧が変化します。
絶縁体層内の正電荷の分布が \(\rho \left ( x\right )\) であるとすると、これによる電界 \(E\) はポアソン方程式 \[\frac{\mathrm{d} E}{\mathrm{d} x}=-\frac{\rho \left ( x \right )}{\varepsilon \varepsilon _{0}}\] によって表されます。これを境界条件を定めて直接解いてもよいですが、ここでは基礎に戻って考えます。
図17-3のように絶縁体層の厚み方向にx座標をとり、絶縁体層の厚さを \(d\) とします。x点の電荷を \(\rho \left ( x\right ) \mathrm{d}x\) とし、この電荷により絶縁体層の両側 \(x=0\) と \(x=d\) にある電極表面に発生する電界 \(E_{0}\) と \(E_{d}\) を求めます。いま両電極間の電位差を 0 とすると、x点以外の電荷は考えないので、 \[E_{0}x+E_{d}\left ( d-x \right )=0\] が成り立ちます。両電極に誘起される電荷を \(\mathrm{d}Q_{0}\) と \(\mathrm{d}Q_{d}\) とすると、 \[E_{0}=\varepsilon \varepsilon _{0}\mathrm{d}Q_{0}\] \[E_{d}=\varepsilon \varepsilon _{0}\mathrm{d}Q_{d}\] です。電荷の中性条件から \[\rho \left ( x \right )\mathrm{d}x=-\mathrm{d}Q_{0}-\mathrm{d}Q_{d}\] ですから \[\mathrm{d}Q_{0}=-\frac{d-x}{d}\rho \left ( x \right )\mathrm{d}x\] \[\mathrm{d}Q_{d}=-\frac{x}{d}\rho \left ( x \right )\mathrm{d}x\] となります。したがって \[Q_{0}=-\int_{0}^{d}\frac{d-x}{d}\rho \left ( x \right )\mathrm{d}x\] \[Q_{d}=-\int_{0}^{d}\frac{x}{d}\rho \left ( x \right )\mathrm{d}x\] が得られます。ここで絶縁体層内の総電荷量 \(Q\) は \[Q=Q_{0}+Q_{d}=-\int_{0}^{d}\rho \left ( x \right )\mathrm{d}x\] です。
\(x=d\) が半導体との界面だとすると、\(Q_{d}\) だけ表面電荷が変化したことになりますから、これに対応する電位差分だけフラットバンド電圧 \(V_{FB}\) がずれることになります。さきの仕事関数差 \(\phi_{MS}\) も合わせると \[V_{FB}=\phi_{MS}-\frac{1}{C_{0}}\int_{0}^{d}\frac{x}{d}\rho \left ( x \right )\mathrm{d}x\] となります。C-V特性を模式的に示すと図17-4のようにC-V特性全体が理想的な状態から曲線1(青線)のように平行移動することになります。残念ながらフラットバンド電圧のずれを測定してもそれから \(\rho \left ( x\right )\) も総電荷量 \(Q\) も直接には求められません。
なお、現在Si表面を酸化してSiO2層を作るときやその後のプロセスでナトリウムが混入しないように細心の注意が払われており、この正電荷によるフラットバンド電圧のずれはほとんど無視できるレベルになっているはずです。
3.絶縁体-半導体界面の準位 絶縁体と半導体は物質が異なるので、その界面では原子の並びが不連続になり、原子の結合手に空きができやすくなります。ここに電子が捕らえられると界面に電荷が蓄積されることになります。主にこれを界面準位と呼んでいます。
この界面準位は位置的には図17-5のように半導体の表面上にあると考えてよいので、この準位に捕らえられる電子の電荷はそのまま半導体の表面電荷 \(Q_{s}\) の変化と考えてよいことになります。すなわち、その電荷量に対応したフラットバンド電圧のずれが生じます。
準位の性質もドナー準位のように電子を捕らえて中性になる場合と電子を捕らえて負に帯電する場合とが考えられますが、フラットバンド電圧のずれはいずれの場合も同じになります。
この界面準位の電荷は外部電圧 \(V\) によって変化するのが特徴です。外部電圧を変化させると半導体表面の状態が変化しますから、表面におけるフェルミレベルの位置も変わります。図17-5に示すようにフェルミレベル以下のエネルギーにある準位には電子が捕らえられますから、外部電圧によって準位に電子が捕らえられるかどうかが決まります。
普通この界面準位のエネルギーは1つではなく、図17-5のようにある範囲に広がっているとされています。このため外部電圧によって決まる半導体表面のフェルミレベルより小さいエネルギー範囲の準位にだけ電子が捕らえられることになります。したがって捕らえられた電子による表面電荷を \(Q_{SS}\) とすると、これは外部電圧によって変わります。フラットバンド電圧 \(V_{FB}\) を上記の仕事関数差、絶縁体層中の電荷と合わせて総合的に示すと \[V_{FB}=\phi_{MS}-\frac{1}{C_{0}}\int_{0}^{d}\frac{x}{d}\rho \left ( x \right )\mathrm{d}x-\frac{Q_{SS}\left ( V \right )}{C_{0}}\] となります。
上記のようにC-V特性のずれが外部印加電圧 \(V\) によって変わるということですから、界面準位がある場合のC-V特性は、理想的状態からの平行移動にはならず、その形自体が変化することになります。この様子を模式的に図17-4の曲線2(赤線)で示しました。
界面準位は異なる材料の界面には多かれ少なかれ存在するものですから、ある程度以上減らすことはできません。Si結晶の表面を (100) 面とすると、Si表面の結合手の数が他の結晶面より少なくなるため、界面準位の濃度を最も減らすことができることがわかっています。現在はこの面を使うことによって実用上支障のない界面状態が得られています。