産業/色彩の話
1.はじめに
ここでは色彩の話を取り上げます。半導体デバイスの話が並ぶなかで、色彩っていうのはなぜ?という疑問は当然でしょう。大部分の半導体デバイスに色彩はほとんど関係がありません。
ところが半導体デバイスの分野で色彩が急に話題になるようになったのは発光ダイオードによって三原色の発光が可能となったからです。三原色の光を混合することにより、発光ダイオードを用いてあらゆる色が得られるようになりました。とりわけ白色光が得られるようになったことは照明の世界を大きく変えることになりました。
どの色とどの色をどういうふうに混ぜたら、どのような色が得られるか。絵の具を混ぜるように試行錯誤でやってみればいいのですが、他のことと同様に製品を作るためには、結果が予測でき設計できた方がいいに決まっています。
このような色の設計を可能とするのが色彩の理論です。しかしこの理論が物理学の理論と大きく違うのは、人間の眼のはたらき、視覚に基礎を置いていることです。物理学で色を表すのは波長です。しかし人間が知覚する色を波長で表すのは容易ではありません。例えば白色光を波長で表すと、広い範囲に波長が分布したものになります。自然界にある白色光の代表である太陽光は複雑な波長分布をもっていて、これだけをみても波長分布で色の違いを議論するのはとても難しいことです。
視覚をもつ動物は、いろいろ例外はあるでしょうが、基本的に眼と視神経と脳を持っています。眼は外界の光を取り込み電気信号に変えます。視神経はこの電気信号を脳に伝えます。脳は眼に入った光がどんな光かを伝わってきた電気信号によって認識するという仕組みです。例えば犬は「色」を知覚できず、灰色の世界に生きていると言われています。眼の仕組みが違えば視覚も違ったものになります。色彩の理論はあくまで人間の視覚に基づいて、色の違いを表現しようとするものです。
色は人間の生活に深く関わっているので、古くから人間の関心を集めてきました。いろいろな研究が行われ、それをもとに現在では色彩の理論が確立されています。この色彩理論が発光ダイオードより前にエレクトロニクスの分野に応用されたのは、カラーテレビの開発のときでした。フルカラーディスプレイが表現する色調を表現するのに用いられました。当時のディスプレイ装置は陰極線管(ブラウン管)でしたから、三原色は電子線を蛍光体に照射して発光させていました。これが液晶ディスプレイに置き換えられ、今度はバックライトの白色光をカラーフィルタを通して三原色を得るようになりました。発光ダイオードによる方法は「発光ダイオード」の23項で説明しているとおりです。
これらの装置の設計とこの装置を動作させる電気信号を決めるに際して、色彩理論が重要な役割を果たしました。これがここで色彩理論を取り上げる理由です。
以下、要点を勉強していきますが、まずは参考になる本を紹介してみます。色は広い応用分野をもっているので、専門書、実用書から一般的な解説書まで多くの本が出版されています。ここでは一般的な入門解説書として定評のある2冊をあげておきます。
1冊目は 金子隆芳著「色彩の科学」岩波新書 です。この本はニュートンに始まり現代に至る色彩論を歴史的発展に沿って説明しています。数式はほとんど使われていません。後半は著者の専門である実験心理学の立場からの話題も取り上げられ、多彩な内容になっています。
もう1冊は 池田光男、芦澤昌子著「どうして色はみえるのか」平凡社ライブラリー です。この本は三つの章から構成されていて、その真ん中の第二章が「色の見え方十箇条」というタイトルで色彩の理論のポイントを10の角度から説明しています。この章が全体の半分を超える分量を占めていて本書の中核になっています。本書は縦書きですが、式を使って理論を解説しており、専門書に近い内容と言えると思います。なお、第1章「色の活用」は生活や産業と色の関わりを述べており、第3章「色を見る仕組み」は人間の視覚の仕組みについて述べています。
以下の説明は発光ダイオードの応用に必要な内容に絞ってできるだけ簡潔にしたいと思います。ただし上記の本を参考にしつつ、数式を使った説明も行います。物の構造などの話ではなく、理論の話なので、式を使わないとかえって説明が回りくどくなり、わかりにくくなると思うからです。
なお、この「色彩の話」に限っては、内容に関係なく、全ページの背景色を白色に統一します。色彩を説明するための図を邪魔しないためです。