電子デバイス/バイポーラトランジスタ

12.GaN系バイポーラトランジスタ

 10項でバンドギャップエネルギーの大きい半導体で作ったトランジスタほど高温で動作でき、また降伏電圧も大きいと説明しました。それならば青色発光に使われるGaNなどは実用的に使える半導体としてはもっともバンドギャップエネルギーが大きい(室温で3.43eV)ものの一つなので、適していると言えます。

 GaNはp型ができるようになったのが比較的最近で、トランジスタへの応用が始まったのはさらにあと(1998年)のことですが、高速高出力動作を狙った研究はかなり行われています。

 ところでSiのバイポーラトランジスタは長らく不純物の熱拡散でpnpまたはnpn接合が作られてきました。Siの場合はn型もp型も大きな違いなく同じように作れます。ところがGaNでは熱拡散によってp型は作れません。成膜時にあらかじめ原料に不純物元素を混ぜて成膜します。しかも成膜しただけではp型層はできず、その後の熱処理が必要です。

 このためGaNでトランジスタを作ろうとするなら、発光ダイオードや半導体レーザと同じように薄いエピタキシャル結晶膜を積層する方法で作ることになり、構造がSiのバイポーラトランジスタとはかなり違ってきます。

 またp型層はできるようになったとはいえ、n型層に比べると熱処理という工程が入り、しかもできた層の抵抗は高めです。このためnpn型に比べるとpnp型を作るのは難しいのが現状です。 さらにGaNではそもそも基板になるような独立したバルク結晶は成長することができません。発光ダイオードではやむなくサファイア(酸化アルミニウムの結晶)を基板として使ってきました。しかしこの場合、サファイアは絶縁体のため、裏側に電極を付けることができず、素子の構造が複雑になりました。このためサファイア基板上にできるだけ厚いGaN層をまず着け、素子形成後にサファイア基板を剥がすという離れ業のようなことも試みられています。

 トランジスタの場合、もともとベース層という中間層からも電極を取り出す必要があり、1つの電極くらいは基板の裏側に着けたいところです。そのような問題もあり、GaN系のバイポーラトランジスタを作るには単にSiから材料を変えるというだけでは済まされない多くの問題があります。

 GaN系のヘテロバイポーラトランジスタを具体例(1)で見てみましょう。図12-1は素子構造を示す断面図です。図に示すように、エミッタ、ベース、コレクタの電極はいずれも表面側に設けられています。熱拡散で作ったSiのトランジスタとは構造がまったく違うのがわかると思います。p型ベース層には3層のうちもっともバンドギャップエネルギーの小さいInGaN層を採用しています。In組成の一例が0.07とされています。バンドギャップエネルギーは概略計算によればおよそ3.24eV程度と思われます(発光ダイオードの20項参照)。n型コレクタ層はGaNですからコレクタ層とベース層の間のバンドギャップエネルギーの差は0.2eV程度です。

 n型エミッタ層はAlGaN層でAl組成は0.15とされています。バンドギャプエネルギーは3.86eV程度になっていると思われ、前項で説明したようにエミッタ層にバンドギャップエネルギーの大きい材料を採用しています。ベース層とのエネルギー差は0.62eV程度になっています。エミッタ-コレクタ間が短絡されている状態の概略のエネルギーバンド図を図12-2に示します。

 このようなヘテロバイポーラトランジスタを作るうえで、必ず問題になるのが格子定数の差です。エピタキシャル成長の際、下地となる結晶とその上に成長させる結晶の格子定数はほぼ一致している必要があり、ある程度以上異なると欠陥の少ない結晶成長は困難になります。

 ここで見ている例ではInGaNとAlGaNの組成はGaNに対しての格子定数差がおよそ±1%以下に収まるように選ばれていると考えられます(発光ダイオードの20項参照)。さらにGaN層とInGaN層の間にInの組成を厚み方向に少しずつ変えたいわゆる組成傾斜層を挿入しています(各図では図示を省略しています)。このような層は格子定数差の緩和に使われますが、ここではそれよりもベース-コレクタ間での伝導帯の障壁を無くして電流を流れやすくするのが目的とされています。

 エミッタ-コレクタ間に電位差-Vを与えたときのエネルギーバンド図はおおよそ図12-3のようになると推定されます。おそらくエミッタ-ベース間のAlGaN/InGaN界面の伝導帯にはスパイクが生じるのではないかと推測されます(発光ダイオードの7項参照)。

 上記のトランジスタはコレクタ-エミッタ間電圧が70Vを越えても接合の降伏は起きていません。降伏電圧は100V程度とみられ、バンドギャップエネルギーが大きいことによる効果が示されています。動作温度は不明ですが、理屈上は500℃以上の高温でも動作することが期待されます。

 GaN系のトランジスタは実用化という面ではバイポーラ型よりも電界効果型の方が先行しているようです。これについては絶縁膜のないFETの章で取り上げます。

(1)特開2004-31879号、