電子デバイス/薄膜トランジスタ

5.TFTとIGFETとの違い

 a-Si・TFT(以下、TFTと言います)と結晶Si・IGFET(以下IGFETと言います)は同じ絶縁ゲート型電界効果トランジスタであり、基本的な動作原理は似ていますが、違うところにもよく注意しておく必要があります。ここではそのいくつかについて説明します。

(1)構造上の違い  これはすでに説明しましたが、繰り返してまとめておきます。IGFETは図5-1に示すように単結晶シリコンを基板として用い、この基板自身にチャンネルを作ります。これに対してTFTの基板は通常、絶縁体で電流を流すような役割は担っていません。チャンネルは半導体(a-Si)層のなかに作られる、というか半導体層そのものがチャンネルのはたらきを担います。このため、図5-2に示すように、ソース、ドレイン電極とゲート電極が半導体薄膜の反対側にあるスタガ構造や、ゲート電極が基板側にあるIGFETとは上下が逆の構造もできることになるのは前項で説明した通りです。IGFETは素子を基板が機械的に支える役目と素子を動作させる役割そのものを兼ねている点で集積化には極めて適しています。一方、TFTは素子として動作する部分はすべて薄膜で構成されているので、いろいろな構造、材料が使えるという利点があります。

(2)素子作製上の違い  IGFETの製造は、基板上にソース、ドレイン領域となる拡散領域を作る工程、ゲート絶縁膜を熱酸化により作る工程、電極、配線を作る工程が基本となります。電極や配線を作る工程は金属薄膜を付ける工程とそれをパターニングする工程からなります。これに対してTFTはすべて薄膜形成とそのパターニングだけで作られるといってもよいでしょう。

 とくにa-Si:H膜が通常、プラズマCVD法という方法で作られます。原料はシラン(SiH)ガスを水素で薄めて使います。このガスを真空ポンプで引きながら容器中に流し、大気圧より低い圧力に保ちます。容器には電極を取り付けておき、高周波をかけます。すると放電が起き、この放電のなかでシランガスは分解し、シリコンと水素に分かれ、しかもイオン化します。このようなイオンと電子が分かれて空中を飛び回っている状態をプラズマといいます。このプラズマ中に基板を置き、300℃程度に保つとa-Si:H膜が付きます。

 ここで基板の温度が300℃程度でいいというところが重要です。普通のガラスは600℃くらいで融けはしませんが柔らかくなり始めます。ですが300℃なら問題ありませんので、基板として普通のガラスが使えます。例えば石英ガラスなどは1000℃くらいまで大丈夫ですが、高価で大きな面積のものを作るのは困難です。なお、普通のガラスといいましたが、窓ガラスなどに使われているガラスはナトリウムなどアルカリ金属を含むため使えません。これはまえにIGFETのところで説明しましたが、絶縁膜中にアルカリイオンが入り込むとFETの特性が不安定になるためです。そこで基板ガラスとしては硼ケイ酸ガラスなどの無アルカリガラスが使われます。

 ゲート絶縁膜には窒化シリコンがよく使われます。これもプラズマCVD法で作ることができます。シランと水素に加え、窒素を導入します。a-Siと同じ装置で原料ガスだけ変えればよいので、好都合です。化学的には窒化シリコンはSiが安定な化合物ですが、プラズマCVDでできる窒化シリコンはこのような化合物には必ずしもなっていないので、SiNという書き方をよくします。

 なお、逆スタガ型の場合、ゲート絶縁膜は2層にすることがあります。逆スタガ構造の場合、基板上にまずゲート電極を付けます。これをアルミニウムにした場合、すぐにSiNを付けずにまずアルミニウムを酸化して酸化アルミニウム(Al)膜を作り、その上にSiNを付ける場合があります。単一層の場合に比べてゲート絶縁膜の欠陥による不良を減らすことができ、特性のばらつきも小さくなるようです。アルミニウムのほか、タンタルとかクロムなどでも同じように酸化膜をまず作った2層構造を作ることができます。

(3)動作原理上の違い  IGFETでは図5-1のようなp型シリコン基板を使った素子の場合、ゲート電極にプラスの電圧をかけるとp型シリコンの表面に反転層ができ、電子のチャンネルができることを利用しています。これをnチャンネル型FETと言います。ところがTFTでは事情が異なります。チャンネルとなるa-Si層は通常ノンドープです。ゲート電極にプラス電圧をかけるとコンデンサの原理でa-Si層には電子が引き寄せられ、これがチャンネルを作ります。これはIGFETで言えば、反転層を利用するのではなく蓄積層を利用していることに相当します。ノンドープa-Siはかなり抵抗が高いので、ゲート電圧を0かマイナスにするとソース-ドレイン間に流れる電流は非常に小さくなり、オフ状態として充分使えるようになります。

(4)トランジスタ特性上の違い  TFTは主として液晶ディスプレイの各画素のスイッチ用に使われています。ここで重要な特性はこのスイッチがいかに早く動作するかを示すスイッチング速度です。これはゲート電圧を0Vからプラスに切り換えたとき、ソース-ドレイン間電流が遅れずにどれだけ早く流れ始めるかを意味します。これは電子がどれだけ早く動けるかによります。電子の動きの早さを示す物理量として電子移動度があります。単結晶Siとa-Siの電子移動度を比べると、単結晶Siの方が1000倍も大きな値です。つまりa-Si・TFTのスイッチング速度は結晶Si・IGFETに比べて非常に遅いということになります。

 それでも液晶ディスプレイ用には何とか使えてきました。しかし遅いという問題点を改善したいという要望は以前からずっとあり、最近ではさらに高まっています。改善手段については後の項で触れます。