電子デバイス/絶縁ゲート電界効果トランジスタ

2.絶縁ゲート型電界効果トランジスタとは

 前項で絶縁ゲート型電界効果トランジスタ(IGFET)の「発明物語」はあまり語られることがないと書きましたが、やはりはじめに少し発明の歴史を調べた方がIGFETを理解しやすくなると思います。

 IGFETがようやく実用化したころに出版された「MOSデバイス」という本があります(1)。この本の第1章のはじめの部分が研究の歴史の記述に当てられています。それによると、電界効果トランジスタ(FET)の考え方は1930年代にすでに提案されていて(2)、ショックレーたちもむしろFETのアイデアから研究をスタートさせたそうです。しかし実現は難しく、時代は1960年まで飛んで、最初のIGFETの発表はショックレーも所属していたベル電話研究所のDawon Kahng(3)とMartin M. Atalla(4)によって行われたとされています(特許出願はともに1960年)。また最初の製品化はRCA社によって1962年になされています。日本では1963年になされた日立製作所の大野氏による発表(5)が最初のようです。

 上記の特許(4)の発明の名称は”Semiconductor Triode”となっています。発光ダイオードのところでダイオード(Diode)は2本足、つまり2極の素子のことだと説明したと思います。Triodeのtriは3人組のトリオと同じ3を意味し、Triodeは3極、3本足の素子のことです。

 この特許が出願された1960年頃はまだ真空管の全盛期でした。最近でもオーディオファンのなかには真空管アンプの音を懐かしんでいる方がいるようですが、当時はラジオやアンプなどの身の回りの機器だけでなく、通信機などもすべて真空管が使われていました。当時の電子技術者は真空管を熟知していたので、新しく登場したトランジスタを理解するのに真空管とどうちがうかという考え方をしたのです。基本的な真空管は3極で3極真空管の英語は”vacuum tube triode”です。この3極真空管を半導体で置き換えたものだから”Semiconductor Triode”と呼んだわけです。

 少し3極真空管について説明しておきましょう。図2-1をみて下さい。3極真空管は中を真空にした容器(普通はガラス管)のなかに金属板のアノード(陽極、プレートとも言う)とカソード(陰極)を入れてあります。そしてアノードとカソードの間にグリッドが置かれています。グリッドとは格子という意味ですが、要は金網です。カソードのそばにはヒータがあって加熱ができるようになっています。金属を加熱すると電子が飛び出します。カソードに対してアノードにプラスの電圧をかけておくと、飛び出した電子はマイナスの電荷をもっているので、アノードに引き寄せられて空間を飛行します。この電子の飛行がじゃまされないように管のなかは空気を抜いて真空にしてあります。

 グリッドはどういう役割をするのでしょうか。グリッドにはカソードに対して少しマイナスの電圧をかけます。そうすると飛来した電子には反発する力がはたらき、カソード側に押し戻されます。グリッドがアノードと同じような金属板であると、電子は行き場を失ってしまいますが、グリッドが金網であることがミソです。電子はグリッドで反発されて押し戻されますが、グリッドが金網で穴が開いているため、勢いのついた一部の電子はこの穴を通り抜けてアノードに到達することができます。このグリッドの電圧を変えるとアノードに到達する電子の量が変えられます。ということはアノードにもカソードにも触れていないグリッドの電圧によってアノードとカソードの間を流れる電流がコントロールできることになります。これが3極真空管の原理です。例えばグリッドに小さな音声信号を入れると、その信号にしたがってアノードとカソードの間に大きな電流を流すことができます。これが増幅作用です。

 トランジスタでは電子は真空中ではなく、固体(半導体)中を流れるので、真空管とはまったく原理がちがうのですが、アノードとカソードの間を流れる電流をグリッドに相当するゲートの電圧で制御するところはよく似ています。トランジスタの構造を図2-2(特許のFig.1)に示します。

 半導体基板(ウェハ(wafer)といいます)12はやや抵抗の高いp型シリコンです。アノード14とカノード13の部分は部分的にn型になっていて抵抗を低くしてあり、ここに金属の電極22、21がつないであります。半導体(シリコン、Si)の表面は酸化されて二酸化珪素(SiO)膜15が作られています。SiOは絶縁体ですが、この膜の上にグリッド17となる金属電極が付けられています。なお、アノードとカソードの電極はSiO膜に穴を開け、半導体に直接、金属電極が接触させてあります。

 3極に当たるのは3本の線がつながっているアノード14、カソード13、グリッド17です。この3極の名前はまさに3極真空管と同じですが、その後、後の項で紹介するように別の呼び方が定着しています。

 真空管と同じようにアノードとカソードの間に電圧をかけ、電子をカソードからアノードへ向けて移動させます。真空中と違って半導体中ならばヒータを使わなくてもたくさんの電子がいるようにできます。

 半導体中では真空管のようにアノードとカソードの間に金網を入れなくても電子の流れをコントロールできそうな方法があります。IGFETでは絶縁膜の外側から電圧をかけてカソードからアノードに向かって流れる電子を外からコントロールしようしています。  絶縁膜の表面につける電極を特許ではグリッドと呼んでいますが、後にこれをゲート電極と呼ぶようになりました。ゲート電極と半導体の間に電圧をかけても絶縁膜があるので電流は流れません。つまりカソードからアノードに向かって移動する電子にゲート電極から電子が入って合流するようなことはありません。しかしゲート電極にかける電圧はカソードからアノードに向かう電子の通り道で電子の通り易さを加減できます。つまりゲート(門)の開閉に似たはたらきをします。このような考え方は単に真空管のまねごとではなく、半導体独自の考え方と言えます。このようなゲートを実現する方法は他にもありますが、絶縁膜を使う方法がもっとも一般的で、これを絶縁ゲート型と呼ぶのが適当なように思われます。

(1)徳山巍、「MOSデバイス」(工業調査会、1973年)
(2)J.E.Lilienfeld, 米国特許第1,745,175号 (1930)
(3)D.Kahng, 米国特許第3,102,230号(1963)
(4)M.M.Atalla,米国特許第3,056,888号(1962)