光デバイス/発光ダイオード

59.有機エレクトロルミネッセンス素子

 この項では有機材料を用いたエレクトロルミネセンス(EL)素子について考えます。

 歴史的にみると、前項まで取り上げてきた無機材料をベースにしたEL素子からそれほど遅れずに、同じような構造で無機材料を有機材料に置き換えたEL素子が提案されています。例えばアメリカのダウ・ケミカル社は1960年代初めにアントラセンにテトラセンを少量添加した溶液を塗布する方法で有機薄膜を形成し、これを発光層とする交流駆動型のEL素子を提案しています(1)。これはまさに電界発光素子の有機版と言えます。

 これに対して現在、有機ELと呼ばれている素子の原形となる構造はここから約25年後の1980年代になって同じアメリカのイーストマンコダック社によって提案されました。一連の特許としては1980年代前半から出願が始まっていますが、集大成的なものは1987年の出願(2)です。これを見ながら構造を紹介していきます。

 図59-1は素子の基本構造を示しています。この素子は直流駆動型ですので、陽極(アノード)と陰極(カソード)の2つの電極に挟まれています。陽極に接する層が正孔注入層です。その上に正孔輸送層があり、この層が発光層としてはたらきます。そしてこの層と陰極との間に電子輸送層が設けられています。この3層はいずれも有機材料層です。

 このような層構造により、この素子の陽極に陰極の間に高い電圧をかければ、素子は順方向バイアスされることになり、電子と正孔が素子内に注入され、それが再結合して発光することになります。

 この構造から気づくように正孔注入、輸送層は化合物半導体のp型層に、電子輸送層はn型層に相当し、素子はpn接合をもっていると考えてもよさそうに見えます。しかもこの素子は注入されたキャリアによって発光が生じるので、電界発光型とは言えず、注入発光型と言った方が正しいと考えられます。つまり有機EL素子はむしろ有機発光ダイオードといった方が適当な発光原理をもっていると言え、一部では実際にOrganic Light Emitting Diode(OLED)という語も使われています。

 それにもかかわらず依然としてこの素子が有機ELと呼ばれているのは、初期の有機材料を用いた電界発光素子の流れを汲んでいるためと思われます。また確かに結晶を用いた微少な素子である発光ダイオードに比べ、かなり大面積で、可撓性のある素子などができる有機ELは見た目には発光ダイオードとは違う範疇に属するとも言え、その辺りがなかなか微妙です。「有機EL」という語が使われているのはこのような事情によると思われます。

 このイーストマンコダック社の有機ELの各層の材料としては複数の例があげられています。代表例を以下に示します。

 まず、正孔注入層としてはポルフィリン化合物があげられます。その一例は銅フタロシアニンという色素としてよく知られた有機化合物です。化学式は図59-2のような基本形をもち、MのところにCu(銅)が、QのところにはN(窒素)がそれぞれ入り、T1、T2のところに6員環(ベンゼン殻)がついたものが銅フタロシアニンです。

 正孔輸送層の材料としては芳香族3級アミンという化合物群があげられます。3級アミンというのはアンモニアのNH3の水素がすべて炭素を含む有機基に置き換えられた化合物のことで、具体的に使われているのは、図59-3のような化学式で表される1,1-ビス(4-ジ-p-トリルアミノフェニル)―シクロヘキサンという物質です。これはイーストマンコダック社の先行特許(3)にすでに示されています。

 電子輸送層はキレート化オキシノイド化合物といわれる化合物で、具体的には図59-4のようなトリス(B-キノリノール)アルミニウムという物質があげられています(MをAlとする)。この物質はAlqと略称されてよく知られています。

 なお、陽極は透明導電層のITO、陰極はMgとAgの合金層とされています。

 有機ELを考えるうえで、なぜ上記のような物質群が選ばれるのかという疑問がつきまとうと思います。それを考えるには有機分子内の電子の挙動を知らなければなりません。有機分子内の電子の動きは化合物半導体結晶中の電子の動きとはまったく異なります。これを説明するのは大変難しいのですが、別項で少し勉強してみたいと思っています。

(1)米国特許3173050号
(2)米国特許4720432号(対応日本出願:特開昭63-295695号)
(3)米国特許4539507号(対応日本出願:特開昭59-194393号)