産業/標準化
12.JISの実例(5)-半導体デバイス(1)電子デバイス-
ここまで標準化の対象としてよく知られている例をいくつか挙げてきましたが、このページの主題である半導体デバイスについての標準化についても見ておきたいと思います。半導体個別デバイスの規格はJISにはあまり多くありません。この理由はつぎのように考えられます。半導体デバイスは種類ごとにバラエティに富んだ特性の製品が用意されていますから、回路や装置の設計者は特性についてはデバイスメーカーが提供する規格表やデータシートなどを参照して必要なものを自由に選択ができます。また通常は回路基板に実装して使用するので、寸法的な標準化もほとんど必要はありません。
必要があるとすれば特性の試験法や測定法の規格や信頼性試験の方法などになると思われます。これらの標準化は各メーカーが提供する特性を比較できるようにするために重要です。このため半導体デバイスの特性自体については個別にメーカーが提供する規格があればよく、素子そのものの標準化はそれほど必要でないということになるかと思います。以下、具体的な例をみておきます。
まず半導体デバイスの代表としてトランジスタの標準化はどうなっているかをみると、JIS C 7030:1993「トランジスタ測定方法」があります、というか残っていますと言った方がよいでしょう。これと対をなすようなJIS C 7032「トランジスタ通則」という規格がありましたが、2016年に廃止になっています。集積回路(IC)が普及したため、電子回路に写真Aのような個別(discrete)のトランジスタが使われることは、パワートランジスタなど一部を除いてあまりなくなったことがその理由のように思われます。
さてJIS C 7030を見ると、目次のあと前書きも序文もなくいきなり本文に入っています。制定時期の古い規格は現在のものとは少し違うこのような感じの構成になっていますが、6箇条と2つの附属書からなっています。序文がないため、[1.適用範囲]の備考2に対応国際規格の記載があります。それによると対応国際規格はIEC 747-7(1998) "Semiconductor discrete devices and integrated circuits Part 7: Bipolar transistors" 及びIEC 747-8(1994) "Semiconductor devices, Discrete devices Part 8: Field-effect transistors"の二つです。
以下、2.使用図記号、3.測定用電源及び計器、4.基準測定条件、5.測定上の注意事項、6.測定方法、といった構成になっています。
[6.測定方法]が本規定の主要部分となります。バイポーラトランジスタ(6.1)と電界効果トランジスタ(6.2)に分けてそれぞれ例えば図12-1に示すような測定回路を付して測定方法を示しています。これは6.1.15の図15に記載されているバイポーラトランジスタの電流増幅率の測定回路(直流法)の例です。
このような回路図の記号も規格化されています。この規格には図記号はJIS C 0301の規定によると記されていますが、この規格はすでに廃止されています。現在はJIS C 0617「電気用図記号」が回路図の図記号を規定する規格になっています。この規格は第1部から第13部まであり、非常に多くの記号が規定され、探すのがなかなか難しいです。半導体関係は第5部、計測器関係は第8部となっています。
JIS C 7030は近年改訂されていないので、図記号自体も古いままになっていると思われますが、図の左側の丸に横線と矢印を付けた記号は電流が可変の直流電流源を示しています。下線の付いたVとAの丸は直流電圧計と直流電流計です。右側の丸に矢印は可変の直流電圧源を示しています。
測定手順としては、可変電圧源を調節してコレクタ-エミッタ間電圧 \(V_{CE}\) が規定値になるようにします。つぎにベース電流 \(I_B\) を規定値になるように、可変電流源を調節します。このときコレクタ電流 \(I_C\) を測定すれば、電流増幅率 \(h_{FE}\) は、
\[h_{FE}=I_{C}/I_{B}\]
から求められます。なぜかこの規格では上式の記載が漏れるという誤植がありますが、このように一つ一つのパラメータの測定回路と測定手順を多数丁寧に記載した規格になっています。
バイポーラトランジスタでは電流、電圧、増幅率、入出力静電容量、電力利得、雑音指数、スイッチング時間、熱抵抗等々、39項目、電界効果トランジスタでは、端子間遮断電流、ゲート漏れ電流、カットオフ電圧、しきい値電圧、ドレイン電流、入出力静電容量、電力利得、オンオフ抵抗、スイッチング時間等々、24項目が規定されています。
最後の附属書には「最大定格を超える可能性がある試験及び測定」としてこれもバイポーラトランジスタと電界効果トランジスタに分けてそれぞれ7項目と5項目が挙げられています。
一方、2端子のダイオードの測定方法については、JIS C 7031:1993「小信号用半導体ダイオード測定方法」があります。対応国際規格はIEC 747-3(1985) "Semiconductor devices, Discrete devices Part 3: Signal (including switching) and regulator diode"です。
項目分けはトランジスタと同じで、1.適用範囲、2.使用図記号、3.測定用電源及び計器、4.基準測定条件、5.測定上の注意事項、6.測定方法、となっています。最後の[6.測定方法]には21項目が規定されています。
電子デバイスはトランジスタなどが単体で使われるより、集積回路として利用される方が多くなっています。しかし集積回路に関するJISはJIS C 5610:1996「集積回路用語」くらいしかありません。素子構造自体は利用者にはあまり関係がなく、回路も多様なものが改良されつつ提供されればよいので、この点では標準化する意義があまりないと言えます。
写真Bはいわゆる汎用ロジックICのパッケージです(半導体集積回路の10項参照)。最初バイポーラトランジスタを使った集積回路(TTL)としてテキサスインスツルメント社によって開発され、同社はこれに7400番台の番号を付けて回路とパッケージのピン配置を指定する規格を作りました。他社もこの規格に従って74シリーズの製品を販売するようになり、デファクト標準になりました。やがてCMOSの論理回路に置き換えられましたが、そのときも74シリーズの規格が維持され、TTLと互換性が保たれました。写真Bでパッケージ表面に74HCと書かれているのが読めると思いますが、これはCMOSであることを示します。
写真のパッケージはピンがパッケージの両側に直線上に並んだデュアルインライン形と呼ばれるものです。パッケージにはこの他いろいろなタイプがあり、ソケットに取り付けることもあるので、形状、ピン配置について標準化する意味はあると思いますが、JISはありません。
国内では電子情報技術産業協会(JEITA)の作る団体規格に多数の規定があります。例えば規格番号ED-7311には「集積回路パッケージ個別規格」として20種類以上の規定があります。またED-7311以下に20種類以上の集積回路パッケージデザインガイドの規定があります。アメリカにもJEDECという団体の規格があります。しかしこれらもあまり実効性がなくなっているように思われます。
もっともこのような汎用ロジックIC自体があまり使われなくなり、過去の歴史の話になってきています。その理由は内部回路の割にパッケージサイズが大きいことで、このような単純な論理回路ならずっと小さくすることができるようになり、表面実装によって基板に取り付けができます。このような事情で、この分野はデバイス自体の標準化は必要性が低くなっています。
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